現パロ。
高校生(太)×町医者(中)
……といっても、「アイスクリーム」をお題として書いたものなのでごりごりの医療系ではありません。むしろメインはアイスなのでご注意を。
そんな彼らの、夏のひとときを書いてみました。

アイスクリームはいかが?

2019.10.20

1.カップアイスと夏風邪

「暑い……」
 学校からの帰り道、太宰は思わず呟いた。天気は晴天を明らかに通り越していた。今日は朝からどうにも体調が悪く、早退することにしたのだ。今は13時を過ぎたあたり。直射日光が痛いくらいに降り注いでいる。梅雨明けした途端これだから困る。シャツの襟元を掴み、パタパタと揺すってみる。分かりきってはいたが、全く涼しくない。
 何か涼しくなる方法はないだろうか。暑さと夏風邪でぐったりしながらのろのろ歩き、考える。自宅に帰っても、待ちかまえているのは冷房が入っていない状態の暑ぅい部屋。これなら、学校に居た方が良かったのかもしれない。あぁ、クラクラしてきた。先に病院に行こうと決める。涼しさで比べたら家よりはずっとマシだろう。
 かかりつけの病院(というかクリニック)は、家と学校の丁度真ん中程の場所にある。クリニックは小さい頃からあった訳ではなくて、3年程前にできたのだった。当初から患者に寄り添った対応をしてくれると評判だ。季節の変わり目に体調を崩しやすい太宰を心配して、母親がすすめてきたのがこのクリニックだった。
 白を基調とした小ぶりな建物が見えてくる。クリニックだ。中に入ると涼しい風が出迎えてくれた。温度差を感じながら受付まで歩き診察券と保険証を渡す。番号札を受け取り、ソファに腰掛ける。番が来るまでは読みかけの小説でも読もう。

 暫く経って番号を呼ばれ、診察室に移動する。引き戸を開けると、そこには小柄な医師が椅子に腰掛けていた。医師の名は、中原中也。
「先生、こんにちは」
「また来たのかよ」
 体調を崩す度に足繁く来ているので、気が付いたら距離感が行方不明になっていた。
「またとは何ですか。私は立派な患者ですよ」
「それは分かってる。今日もつらそうだな。風邪でもひいたか?」
「多分、そうだと思います」
丸椅子に腰掛け、聴診器を当てられる。言葉を交わさなくても、一連の診察の流れは分かっているのだ。それだけここには世話になっている。
 最近になって、思うことがある。先生と話をしてみたい。体調のことではなくて、もっと、他愛ない話をしたいのだ。他人に対してこんなことを思うなんて、自分はどうしてしまったのだろう。太宰は人付き合いではいつも程々の距離感を保ってきた。友人は居るものの、親密になる人間はあまり居なかった。とくに何か持病があるという訳ではないが、虚弱体質だ。保健室で休むことが割とある。それでも頭だけは良く出来ているらしく、成績はいつもトップ3に入る程だ。だから、余計にどこか近寄りがたい雰囲気なのかもしれない。かといって、友人が少ないことを特に気にはしていなかった。端的に云えば、他人に対して興味が湧かないのだ。そんな自分が何故先生のことは気になるのか、本当に分からなかった。
「おい、大丈夫か? 熱があるみたいだぞ」
 いつの間に体温を計ったのだろう。体温計を見ながら先生が云う。
「すみません、ぼーっとしてました」
「学校から歩いて来たんだろ? 風邪に加えて熱中症なのかもしれない。少し休んでいけよ」
小さなクリニックなので入院は出来ないが、カーテンで仕切られた寝台がいくつかあるのだ。そのうちのひとつに寝転がる。寝転がると安心したのか、身体がぐっと重くなった。手際良く氷枕と冷却シート、経口補水液が用意された。額に冷却シートが貼られ、氷嚢が脇に差し込まれる。
「そのうち起こしてやるから、寝てろよ」
 優しい声音で云われ、ドキっとした。きっと、熱の所為だ。そして、カーテンがシャっと閉められた。静寂が訪れる。
 今日はやはり、何処かおかしいみたいだ。思考が回転しだす。分かっているのは、原因が先生と云うこと。な、か、は、ら、ちゅ、う、や、と心の中で呟いてみる。中也先生。この人のことは、名字ではなく名前で呼びたい。何故だろう。歳さえ詳しく知らないけれど、まだ若そうだし大丈夫だ。問題は性別だ。……あれ、自分は一体何のつもりでこんなことを考えているのだろう。
 そんなことを考えながら、眠りに落ちていったのだった。

* * *

 起きると昼間の明るさが全く感じられなかった。夜になってしまったらしい。
「お、起きたか」
 上半身をゆっくり起こす。まだ頭はぼんやりしていた。太宰が寝ている寝台の近くに丸椅子を持ってきたようで、先生が腰掛けていた。時計をふと見やると、診療時間はとっくに過ぎていた。診療時間が終わってからもずっと看病してくれていたのだろうか。
「……少し寝過ぎてしまったようです。すみません」
「手前があんまり気持ちよさそうに寝てたから、結局起こせなかったンだよ。俺が勝手にやったことだ。気にすんな。少しは良くなったか?」
「まぁ、少しは」
「このアイス食ったら家まで送ってやるから、そろそろ帰れ」
 中也はアイスクリームを食べていた。
「……」
「なんだ、アイス食いたいのか?」
 アイスクリームを見ていただけだが、よほど食べたそうに見えたらしい。いや、これは、もしかしたらチャンスかもしれない。
「食べたい、です」
「それなら、新しいアイスとスプーン持ってきてやるから……っておい?!」
 突然湧き上がった衝動に身を任せながらスプーンを持った中也の手首を引き寄せ、アイスクリームを口に運ぶ。
「これが、いい」
「それ、食いさしだぞ?」
「先生、いいから黙って……?」
 掴んでいた手首を腕にかえて、更に引き寄せる。近付いてきた顔が、驚いている。そのまま口付けた。ほんのりあまいクリームの味がした。ここまできて、漸く分かった。先生の、中也のことが好きなのだ。
「なん、だよ……?」
 動揺しているようだ。それはそうだ。
「先生のことが好き、みたいだ」
「……」
 先生はすっかり固まってしまった。どうしようか。
「いきなりでごめんなさい。まずはデートしたい、です」
「……、それならまず、敬語やめろ、よ」
 小さい声で中也は云った。
「それは肯定ということですか?」
「あぁ。そう、だ。だから、敬語やめろ」 
 赤面しながら云う姿は可愛かった。
「分かった」

2.ソフトクリームと遊園地

 ――――どうしてこんなことになってしまったのだろう。中原中也は頭を抱えた。別に太宰のことが嫌いなわけではない。むしろ、好きなくらいだ。でも、ただの患者と医者の関係で終わるはずだった。それなのに。話の展開が早すぎてついていけない。太宰に告白された。そして、デートに行くことになった。思ってもみない出来事に、心がついていかない。その動揺の大きさこそ、太宰を想う気持ちが大きいということだ。その事実に、気付いてしまった。
(俺は、太宰のことが好きだったのか。)
 実はというと、最初から惹かれてはいたのだ。黒い蓬髪。背はスラリと高い。うつくしいかんばせ。儚げな眼差し。同性ということは何も気にならなかった。最初は見た目で惹かれたものの、虚弱体質な太宰がクリニックに通うようになり、少しだけ人間に触れた。あんなにきれいなのに子供っぽいところがある、とか、頭の回転が早いとか。もっと知りたいという思いは日に日に増していったが、ひとまわり近くも歳が離れた自分なんて、相手にもされないと思っていた。
「先生、何処に行こう?」
「その先生ってのもやめろ。中也でいい」
 "先生"と呼ばれるのは距離があるように思えて嫌だった。
「じゃあ中也。何処行く?」
「手前くらいの年齢だと、何処行くのが楽しいんだ?」
「きっと、中也となら何処でも楽しいと思う」
 聞き捨てならない科白をひょうひょうと云いやがる。反応に困った挙げ句、提案してみた。
「オーソドックスに、遊園地はどうだ。俺、最近行ってないんだ」
「中也がそう云うなら、喜んで」
 今度の日曜日に遊園地に行く約束をして、その日は太宰を家まで送っていったのだった。

* * *

 そして、日曜日。太宰の家まで、車で迎えに行く。起きてからというもの、どうにも落ち着かなかった。約束した時間の1時間も前に家を出ようとしたが、そんな時間に家に行っても迷惑なだけなのでなんとか耐えた。朝食もイマイチ食べる気になれなかった。どうやら緊張しているらしい。こんな状態になったのは、国家試験以来だ。もうアラサーだというのに、初めてのデートで緊張なんて。あちらは18才。情けないところは見せられない。そんな思いを巡らせている間に、太宰の家に着いた。
 太宰は門の所に立っていた。
「待たせたな」
「いや、全然待ってないよ。時間通りだし」
「そうか。なら良かった」
 車を発進させる。カーナビは既に設定済だ。
「なぁ、音楽でも聴くか? 好みが分からなかったから、適当にCD持ってきたんだが」
「中也のおすすめは?」
「こう見えて俺は、クラシックが好きなんだ」
「特に好きなのは?」
「ヴァイオリンとヴィオラのための2重奏曲、K.423だ。作曲はモーツァルト」
「じゃあ、それ聴いてみたい」
「別に無理して聴かなくてもいいんだぞ?」
「先生の、中也のことをもっと知りたいからいいんだ。クラシックはよく知らないけれど、勉強してみようかなぁ。クラシックなら、ショパンが好きかな」
 繊細な太宰らしい。
「CDは確か、これだ。入れてくれないか」
「うん。分かった」
 CDが再生される。重音からメロディが始まる。ふたりは暫くの間黙って聴いていた。やがて、曲が終わると、太宰が口を開いた。
「素敵な曲だね。私も好きになったよ」
「本当か?!」
「何、いきなり興奮しちゃって」
「やっぱり、好きなものが好きな人に分かってもらえるのは、嬉しいことだろ」
「中也は、私のこと好きなの?」
 実は最初から目をつけていました、なんて云えない。
「好きだと、思うぜ」
「今日デートしてみて、それからゆっくり決めてくれればいいから、ね。いきなり私の気持ちだけ押しつけても、迷惑だと思うし」
「わかったよ。でも、まずは楽しもう。な」
 その後も他愛もない会話をしながら、遊園地へ向かうのだった。

* * *

「ここが遊園地かぁ」
 遊園地に着くなり、太宰はこう云った。
「まさか、初めてなのか?」
「小さい頃に来たきりだよ」
「そうか……。じゃあ、何に乗りたい?」
「まずはあれかな」
 太宰が指さしたのは、コーヒーカップだった。懐かしい。早速受付に向かい、券を見せる。そして、カップに乗り込む。
「久しぶりだな」
「中也はたくさん回すタイプだった?」
「あァ、勿論そうだ」
「じゃあ、頑張って回すね!」
 カップが動き始める。その途端、太宰が思いっきり回し始めた。景色がグルグル回る。……でも、これは少し、頑張りすぎではないか? 視界がすごい勢いで回っていく。
 コーヒーカップの動きが止まる頃には、すっかり気持ち悪くなっていた。
「ちょっと頑張って回しすぎちゃった。中也大丈夫?」
すっかり青ざめている中也を横目に、太宰はピンピンしている。
「だいじょうぶ、だ」
「大丈夫そうには見えないよ。少し休憩しよう?」
 近くのベンチに腰掛ける。
「ごめんなさい、少し張り切りすぎちゃった」
「いいんだよ。手前にはそれくらいが丁度いい」
 ふぅ、と息を吐く。
「そう、かな。今日デートするのが本当に嬉しくて。だから、いつもはこんなにテンション、高くないのだけれど」
「俺と一緒に居る時くらい、素直に感情出せよ」
 今まで見てきて、どうも太宰は自分を隠そうとするきらいがあった。ふと横に居る太宰を見ると、泣き出しそうな表情をしていた。
「おい、俺なんかしたか?」
「そんなこと云われたの、初めてだったから」
 それを聞いて、思わず抱き締めたくなった。人目もあるので我慢して、太宰の頭をくしゃっと撫でた。
「……もう、大丈夫だ。次、何処行く?」
「えっと……お化け屋敷、かな」
「分かった。行こうぜ」

 お化け屋敷では、お互い妙に冷静になってしまった。“怖いもの”が居るイメージが先行してしまったのだろう。太宰の方は少々行き過ぎて、お化けに話しかけていた。お化けも仕事になったものではない。
「はぁ~、怖かったぁ」
「そんなに怖がってる様には見えなかったぜ? お化けに話し掛けまくってたじゃねェか」
「あれは、怖かったから気を紛らわすためだよ。中也の方こそ、本当は怖かった……とか? 思わずお化け殴りそうになってたじゃない」
「あ、あれは手前を守るため、だ」
 そういうことにしておいて欲しい。
「そう、だったの?」
 太宰は驚いたように云うと赤面した。
「そうだ」
「嬉しいよ、ありがとう」
「そんな風に面と向かって云われると、何だか照れるな」
「ふふ、可愛い」
「可愛いなんて、云うなよ」
「だって、本当のことだもの」
 これではどちらが年上か、分からないではないか。
「少し、休憩するか。何か軽く食べるか?」
「ソフトクリームが食べたい」
「分かった。買ってきてやるから、待ってろ」

 暫くすると、中也がソフトクリームを持って帰ってきた。
「あれ、中也の分は?」
「俺は、いいんだ」
「じゃあ、半分あげる。あーんして?」
 スプーンにソフトクリームをすくい、口元に差し出される。思わず反射的に、人目を気にせず口を開ける。冷たい感触が口の中に広がった。
「つめてェ」
「おいしい?」
「美味い。太宰もか?」
「中也と食べれるなら、ありふれたものだって極上の味さ。ひとつの時間を共有出来るのは、きっと、とても幸せなことだよ」
「あァ、そうだな」
 その言葉を聞いて、太宰とこれからを一緒に過ごしたいと中也は思った。中也にとっても、このソフトクリームの味は最高のものとなった瞬間だった。  その後もジェットコースターや定番の観覧車などをふたりは楽しんだ。時間はあっという間に過ぎ去っていった。そしていよいよ、太宰の家に着いた時だった。
「中也、今日はありがとう。とても楽しかったよ」
「俺も、最高の時間だったぜ。ありがとう。太宰、俺と―――」

付き合ってください。

「中也、本当に……いいの?」
「あァ、いいんだ。好きだぜ、太宰」
 と云うと、中也からそっと口付けた。
「……ありがとう。今日はこれで失礼するね」
 家のドアに向かっていく背中は、なんだか嬉しそうだった。

3.アイスキャンディーとおうちデート

 まだ真夏の日差しが照りつける頃。ふたりが付き合い始めて一ヶ月程経ったある休日、太宰は中也の自宅マンションを訪れた。手土産にアイスキャンディーをぶら下げて、インターホンを鳴らす。
「よぉ。来たか」
 普段の白衣とは違い、Tシャツに半ズボン姿の中也が出てきた。
「おじゃましまーす。あ、中也、これお土産」
「なんだ、そんなの別にいいのに……。わざわざありがとな」
「いいんだ。私が食べたかったから。後で一緒に食べよう」

 それから暫く会話をして、借りた映画を観た。アクションものの映画の感想を云いあい余韻に浸る。そして、少し遅めのおやつの時間になった。
「ねぇ、そろそろおやつ食べよう?」
「そうだな、取ってくるわ」  中也の手には、2本のアイスキャンディーが握られていた。包装を剥がし、太宰に渡す。
「ほらよ」
「ありがと」
 ふたりはアイスキャンディーを食べ始めた。太宰はシャクシャクと水色のアイスキャンディーを齧っていく。
「中也は舐める派なの?」
「その方が、冷たさを味わえるだろ」
 先に食べ終えた太宰は、中也が食べる様子をじっと見ていた。赤い舌がちろちろと覗く。次第にアイスキャンディーが溶けて、雫が落ちそうになる。それを舐めとる中也。
「中也、こっち向いて?」
「ん?」
 太宰は中也のアイスキャンディーの、最後の一口を奪い取った。
「あっ手前、なにしやがる!」
 そして、アイスキャンディーを含んだまま中也に口付けた。驚いて半開きの口に、溶けかけのアイスキャンディーを流し込む。その後舌を差し込んだ。いつもより冷えた咥内が心地良い。溶けかけの氷の粒を溶かすように、じれったく隅々まで味わう。いつもの温度になった頃、漸く唇を解放した。
「……っ、ばかやろ、不意打ちはやめろよ」
「だって、あんな風にアイス食べてる中也見たら……。キスくらいしたくなるよ」
「俺だって、心の準備が必要なんだよ」
「なんで?」
「初めて手前とキスした時といい、今といい、いきなりだと何も考えられなくなって、折角キスしてるのに、実感が湧かないから」
「じゃあ、予告すればいいんだね? 私、中也とキスがしたい」
 中也の顔を両手で優しく包みながら、太宰は云った。微笑みながら目線を合わせると、中也の瞳が困ったように揺れた。
「あれ、もしかして照れてる?」
「無駄に顔がいいからっ! 俺も、したい。太宰……」
 お互い目を瞑ってゆっくりと顔を近付ける。距離が少しずつ縮んで、やがてゼロになった。数秒間唇を合わせ、名残惜しげにゆっくり離れていく。閉じていた目を、余韻を味わうかのように緩やかに開いた。すると、互いの目線が再び交わった。
「……少しは味わえた?」
「もっと味わいたいから、もういっかい」

4.3段アイスと夏の日常

 中也は診療を終え、今日診た患者のカルテの整理を行っていた。看護師や他の医師はもう既に仕事を終えたようだ。故に今、クリニックには中也しか居ない。盆休みが明け、待ってましたとばかりに患者がたくさんクリニックを訪れた。今日は久しぶりの診療だったので、休み明けの体はまだお休みモードのままだった。仕事終わりの疲労感を感じるのも久しぶりだ。ふと太宰のカルテが目に入った。太宰は暑さや冷房との温度差に滅法弱いらしく、夏は一番診察する頻度が高かった。1~2週間に1回程だったと思う。それがこの夏はどうだ。7月と8月で2回しか診察していない。理由はいわずもがな、である。恋人として一緒に居る時間が増えた分、中也が太宰の体調に気を配り世話をやいていた。なにをしたら体調を崩すのか当の本人は分かっているはずだ。知って知らないフリをしているのか、それともどうでもいいと思っているのか、太宰の体調管理は虚弱体質の割に適当だった。職業柄、患者には健康で過ごして欲しいと勿論思っているが、やはり自分にとって特別な人にも健康であってほしい。そんなことを考えながら作業を進めていると、入口の自動ドアが開く気配を感じた。今日も来たか、と思いながら来訪者を待ちかまえる。コツコツと聞き慣れたローファーの靴音がする。それはだんだん近づいてきて、中也がいる診察室の引き戸をノックした。
「入っていいぞ」
「中也、お疲れ様」
 来訪者は太宰だった。太宰は壁際のデスクの後ろにある診察台に腰かける。恋人としてクリニックを訪れた時の定位置である。
「ねぇ中也、これ見て」
 振り返った中也が見たのは、カップに入ったアイスクリームだった。
「おい手前、まさかひとりで食べるとか云いだすんじゃないだろうな?」
 そのアイスクリームは3段重ねだった。
「えぇ、中也も食べたいの~?」
「違うわ! 手前がそんなに一気にアイス食ったらなァ、腹壊すに決まってるだろ。アホか」
「だって、2段の買ったらもれなく1段タダでついてくるって云うから、つい」
「『つい』じゃねェよ。最近折角調子いいんだから、ちっとは自分でも自分の体調気にしやがれ」
「うん、それは分かってるんだ。だからね、中也と一緒に食べようと思って急いで来た。中也、そろそろアイス食べる時間でしょ?」
 よく見るとカップにスプーンが2本ささっていた。中也は夏になると、いつも仕事終わりにカップアイスを食べていた。それに気付いた太宰は、差し入れにと高校近くのアイスクリームチェーン店でアイスを買う時があるのだ。普段、中也はスーパーで買ったものばかり食べていたので、太宰からの差し入れは楽しみのひとつになりつつあった。
「今日のフレーバーはなんだ?」
 中也も太宰の隣に腰かけ、スプーンを受け取った。
「なんだと思う?」
 中也はアイスを見つめた。1段目はピンクに赤が混じっている。恐らくストロベリーだろう。2段目は黄色。季節的にはパイナップルかレモンといったところだろうか。3段目はバニラらしき色が透明なプラスチックのカップから覗いている。
「ストロベリーと、パイナップルとバニラか?」
「うーんとね、ストロベリーとレモンと、最後はラムレーズンだよ」
「また珍しいのを買ってきたんだな」
「だって中也、お酒も好きでしょ」
「一言もそんなこと云ってないのに、よく分かったな」
「前に中也の家に行った時、ワインがたくさん置いてあったからさ。嫌いではないでしょ?」
 中也は頷き、ふたりはアイスクリームを食べ始めた。食べやすいようにカップに手を添える。太宰が左手でカップを持ち、中也は太宰の右隣に腰かけているので体は自然と向かい合う角度になった。中也も食べやすいように左手をカップに添える。
「……たまに差し入れまでしてくれて、ありがとな」
「だって、仕事をしている時の中也はやっぱりかっこいいもの。私もお世話になっているし、応援したいよ。ただ」
「ただ?」
「そんな中也も本当は独り占めしたいな、なんて思うよ。今となってはね」
「なんだァ? 患者に嫉妬か。可愛いことしてくれるじゃねェか」
「今はまだ夏休みだけど、9月になったらまたなかなか逢えなくなると思うと寂しくて。学校さぼっちゃおうかなぁ」
「学生は勉学に励んどけよ。仕事終わりとか、土曜の午後とか日曜にはちゃんと逢えるんだから、それを糧に頑張れ。なんだったら、何かご褒美を考えておいてやる。だから学校にはちゃんと行け」
「中也がそこまで云うなら、分かったよ。ご褒美、考えておいてよね」
「何か欲しいもの、あるか?」
「……中也が、ほしい」
 太宰は中也の目を見て、ハッキリと云った。
「それはその……、云ってる意味、分かってるンだな?」
「私だって高校生だよ? 分かってるに決まってるじゃない。キスだけじゃなくて、中也とえっちなこともしたい。中也は違う?」
「……実はな、俺からは手を出さないと決めてたんだ。結構歳離れてるし、俺から誘ったとして本当に太宰の意思か、俺には判断出来ないと思ったから。臆病でごめんな。でも、この関係が続くなら、恋人で居れるならずっと待つつもりだった。手前から云ってくれて素直に嬉しい。俺は太宰のことを、愛しく思ってる。だから、抱かれてやるよ」
「待ってくれてたんだね。それなら今日、思いを伝えることが出来て良かったよ。ひとつ疑問なんだけど、中也は私のこと、抱きたくはないの?」
「だってなァ、男同士だとどうしても、抱かれる側に負担がかかるだろ。太宰にそんな負担、掛けられるわけないだろ。この、モヤシ野郎が」
「……ありがとう、中也」
 そう云って太宰は中也に顔を寄せた。中也は口付けられると思い、ごく自然な動作で瞳を閉じた。最近ではキスのタイミングも分かってきて、軽く唇を合わせることに慣れてきていた。瞳を閉じて数秒後、柔らかい唇の感触がした。ラム酒の香りが仄かに漂った。

5.期間限定アイスとハジメテ

「中也、今日で……」
「おう、分かってる。……って、またアイス買ってきたのかよ。時期も時期だし寒くないか?」
 夏休みに3段アイスを一緒に食べ、例の約束をしてから3ヶ月程経っていた。12月も近付いてきたある日、太宰は学校帰りにクリニックへ寄った。勿論診療時間外で、中也以外の人間は帰宅済みだ。その手には、またもやアイスクリームが握られていた。
「いやね、期間限定のフレーバーが楽しみでつい買ってしまうのだよ。いつも通り、中也も一緒に食べよう?」
 中也は作業の手を止め、診察台に腰かけている太宰の隣に座った。ここ数ヶ月の間、足繁くアイスクリーム店に通ううちに太宰がアイスクリームにはまってしまったらしい。期間限定のフレーバーはが発売される度、ひとつずつ買って来るのだ。そして、中也とそれを食べるのが日課になっていた。
「今日は何の味だ?」
「えっと、確か栗だったと思う。はい中也あーん」
 中也は素直に口を開け、太宰から差し出されたスプーンを口に含んだ。太宰もアイスを掬って食べると、栗のまろやかな甘みが口の中に広がった。
「ん、美味いなこれ」
「甘すぎなくていいね」
 感想を云いながら黙々とアイスを食べる。ふたりで分け合うアイスは、あっという間に無くなっていった。食べ終わるとお互い見つめあい、どちらからともなく軽く口付けた。これも、最近ではいつものことだ。
「で、場所は何処がいいんだ?」
「中也の家で、ゆっくりしたい」
 ここからが、いつものことではないのだ。中也と「3ヶ月間学校をサボらず、体調管理もしっかり自分でして健康に過ごすことが出来たら、ご褒美として中也とセックスできる」約束をした。結果的に太宰は自分自身と向き合う事になったのだった。今まで漠然としか捉えていなかった自分の体調の変化を細かく感じるよう心掛けた。たまに中也にヒントやアドバイスはもらったものの、クリニックに駆け込む程体調を壊すこともなく3ヶ月を過ごすことが出来た。
「じゃあ、俺の家に行こう」

* * *

 太宰が車の助手席に乗り込むと、いつものクラシック音楽が流れていた。いつもはとても優雅で落ち着いていてリラックス出来るのに、今日はリラックスどころかまったく耳に入ってこない。「あぁ、緊張してるんだな」と太宰は気付いた。中也とは一緒に居るだけでどこか落ち着く。無言になっても気にならないので、話すことがなければ無の空間を一緒に味わうだけだ。しかし、今日だけは無性に何か話さないといけない気がする。そして、何かないかと考えているうちに中也のマンションに着いてしまった。

「なァ手前、もしかして緊張してるのか?」
 玄関に入り靴を脱ぐと、中也はそう云った。図星で何も云えず固まっていると、中也にふわりと抱きしめられた。
「俺は今日がずっと楽しみだった。太宰が健康で過ごせたことも、これからすることも。だから太宰、俺を、心おきなく抱いてくれ」
「もうっ、何で中也は、こんなに男前なのかな。今になって、君に痛い思いさせたくないなとか、気持ち良くなかったらどうしようとか思ってしまう私が居るんだ。それでも中也を抱きたい私も居るんだ。全部、受け止めてくれる……?」
「約束した時から俺は腹括ってるんだよ。セックスしたい気持ちは一緒だ。大丈夫、来いよ太宰」
 ギュッと力を入れて抱き締められる。太宰も中也を抱き返した。暫く抱き合って落ち着いた頃、中也の手に導かれ太宰は寝室に入った。

 寝室は物も少なくシンプルだった。備え付けのクローゼットと作業用の机、小ぶりな本棚、そしてベッド。明るくも出来るのだろうが電気は点いておらず、ベッドサイドライトの灯りがぼんやりと空間を照らしていた。
「俺、シャワー浴びてくるから。いい子で待ってろよ? あ、なんだったら一緒に入るか?」
ぼふんとふたりでベッドに腰掛けるなり、中也はそう云った。
「せいぜい心の準備でもしてるよ。あと、シャワーはもう」
「だよな。シャンプーの匂いしたから分かってた。終わったら一緒に入ろう。な?」
 どこか不敵に微笑む中也を見て、心強く感じた。するりと繋いでいた手を離され、中也は浴室へと向かっていった。

* * *

 暫く脳内でシミュレーションをして、やきもきしながら待っているとバスローブ姿の中也がやってきた。その姿にたまらず太宰は中也を抱き締めた。
「待たせたな」
 中也に頭をぽんぽんと軽く叩かれる。そして、中也も抱き太宰を返した。
「……なんか、その姿だけでもすごいえっちなんだけど」
「そうか? いやだって、これからどうせ脱ぐだろ。部屋着だと面倒かなと思って」
「そんな姿の中也を、今から独り占め出来るんだ私。ねぇ、触っても、いい?」
「いいぜ。太宰、むしろ俺に、たくさん触れて」
 それを合図に、太宰は中也の存在を確かめるように躰のラインをゆっくりとなぞっていく。
「……この姿も好きだけど、やっぱり邪魔だから脱がすね」
 そう云うと太宰はバスローブの紐を緩慢な動作で解き、バスローブをばさりと床に落とした。
「中也の躰、とっても綺麗……」
 うっとりと太宰は呟いた。そこには程良く引き締まり筋肉のついた、健康的な躰があった。両手で肩から始まり腕に触れ、後ろにまわり双丘をなぞり、片腕で軽く腰を抱きながら背中を撫であげた。腕の中で中也がふるりと震えた。
「……太宰も脱げよ」
「中也より貧相な躰だけど、いいかい?」
「そんなこと何度も診察してるから知ってるし、俺は気にしない。それに最近は少し太って、マシになっただろ? ほら、手伝ってやるから」
「中也が云うなら、わかったよ」
 中也が太宰のシャツのボタンを外していく。太宰はスラックスを脱いでいく。下着姿になると緩く勃ち上がった自身が見えた。おまけに下着が先走りで湿っていて、少し恥ずかしくなった。
「俺の姿見て、興奮したんだな」
 中也は優しく微笑んで、下着のゴムに手を掛け脱がせた。
「まずは手前を、気持ちよくしてやる」
 そう云うと中也は跪き、太宰の亀頭に軽く口付けると太宰の陰茎を口に含んだ。太宰は一瞬驚いたが、中也が自身に奉仕する淫靡な姿とねっとりと纏わりつくような中也の口内の心地よさに、抗えなかった。陰曩まで優しく揉みしだかれ、次第に昇りつめていく。気付けば中也の後頭部に手を掛け、自ら動いていた。
「や、ちゅうや、イっちゃう……! 出ちゃうから……っ、はなして」
 そう必死に訴えると中也と目が合った。その目は明らかに欲に濡れていた。中也も感じているのだと分かった瞬間、ついに我慢出来なくなって中也の口内に欲を吐き出した。中也が最後まで搾り出すように陰茎を吸い上げる。ゆっくり陰茎を口内から出していく。そして、太宰が吐き出した欲を吐き出すかと思いきや、中也はそれを飲み下した。嚥下し、喉がこくりと動く。太宰はそれをただただ見詰めていた。
「だざい、気持ち良かったか?」
 中也が太宰を見上げて云う。体勢的にどうしても上目遣いになってしまい、今の太宰にはとても毒だった。
「イったんだから、気持ち良かったに、決まってるでしょ……! 私の飲んじゃうし! 不味かったでしょ」
「不味かったけどまァ、太宰の一部だと思えばいけた」
 そう云いながら中也は立ち上がり、太宰に抱きついた。 
「なァ、俺も、そろそろ一回イきたい……んっ」
 腰を揺らしたながらぬるぬると先走りを零す陰茎を押し付けてくる。
「中也奉仕してくれたものね。要望を聞こう。何でイキたい?」
「まずは手、がいい」
「分かった。じゃあ、ベッドに座ろうか」
 まず太宰がベッドに腰掛け、そして膝の間に中也が腰掛けた。片手で中也の上半身を愛撫し、もう片方の手で中也の陰茎を擦る。先走りのおかげで滑りも良かった。
「ん、あ……っ、きもちい……っ」
「いっぱい気持ちよくなろうね、中也」
 扱きながら時々亀頭もグリっと触ってやると中也は嬌声を漏らした。
「これ、好きなんだ?」
「気持ちいいけどっ……、そこばっかりだとすぐに、イっちまう……あんっ、や」
「一回イキたいって云ったの中也なんだし、いいよ、イキなよ。ねぇ、ほら」
扱くスピードも上げて、射精を促してやる。
「ぁ…んっ、イく、イくから……っ!」
 中也の躰がヒクりと震え、背がしなる。同時に、太宰の掌に欲を吐き出した。太宰にはその姿が妙に愛しく思えて、中也が絶頂を迎えた後もゆるゆると陰茎を擦った。中也は少しの刺激でも感じてしまうようで、ヒクんヒクんと躰を震わせている。
「だざい、まだ、イったばっかり、だから……っ」
「うん、分かってる。イってる中也が可愛くてつい」
「だざい、顔がみたい」
「私も、ちゅうやのとろけきった顔がみたいな。こっち向いて、私の太腿に乗って?」
「ん、わかった」
 中也は立ち上がり太宰に向き合い、太腿を跨いでぺたんと座った。
「だざい……」
 甘く名前を呼ぶと、太宰をギュッと抱き締めた。そして耳許で、こう呟いた。
「だざいの手、きもちよかった、ぜ」
 中也の唇が太宰の首筋をすべり、自然な流れで鎖骨に辿り着いた。ちりりとした痛みが走ると、そこには紅い華が咲いていた。
「おれの、だざい。ずっと、こうしたかった」
 目を細めて微笑を湛え、中也は云った。
「私の、ちゅうやだよ。私も跡、付けたい」
「いいぜ、太宰なら」
「じゃあいっぱい付けちゃおう、かな」
「独占欲の強いことで」
「中也だって同じでしょう?」
 太宰は額に口付けると、首筋と鎖骨、そして胸元に華を散らせた。
「休み中に消えなかったら、見えちまうじゃねぇか」
「それでいいの。中也は私のものだって、みんな知ればいいさ」
「まさかそれが患者で、一回り近く歳が離れてるなんて誰も思わねェだろうけどな」
「それでも私は中也を独り占めしたいのさ。今だけでも、ね」
「手前と居るときは手前のモンだし、仕事してる時だって俺は想ってるぜ? 太宰のこと」
「……とてもうれしい。私も一緒だ。……中也のナカに、挿入りたい。中也がいとしい。中也がすき」
 太宰はサイドチェストに置いたローションを掌に出した。体温で少し温め指先に纏う。それを見てこれからどうするかを理解した中也は膝立ちになり、太宰の肩に手を掛けた。
「優しくしてくれ、よ」
「うん。私も初めてだし、ゆっくり解すね」
 太宰は中也の後孔に人差し指をゆっくり挿れた。指が馴染むのを待ち、確かめるように抜き差しする。
「すごい狭い……。でも中也、もしかして少し解してくれた?」
「手前と約束をしてから少しずつ、俺も準備してたんだよ。初めてのことだしな。挿入らないなんて嫌だったから」
「なんて感謝したらいいかわからない。それならもう私の挿入るのかな」
「オイ、優しくするって云ったの誰だよ」
「中也が自分で準備するところも見てみたいなぁ」
「それはヤメロ」
「え、なんで?」
「普通に恥ずかしいだろ!」
「こんなことしてるのに? 中也の姿がえっちすぎてシたくなっちゃうだろうな」
「なぁ俺たち、そんなにセックスするのか?」
 少し赤面した中也が云った。
「だってもう、さっきの時点であんなにきもち良かったし幸せだったんだ。私たち、躰の相性も好いと思うんだよね。言葉も勿論必要だけれど、手っ取り早く好きって、愛しいって感じれるのってセックスだと思うんだ。あ、中也今きゅんって締まった」
「ばか、云うなよ……ンっ、や、だざいの指、おれより長いからっ、奥まで挿入っちゃう……。ぁ、そこ、だめっ」
 会話しているうちに、段々と指の本数は増やされていた。太宰の4本の指が、中也のナカで蠢いている。抜き差ししながら奥のしこりを突くと中也は嬌声を漏らし、太宰の指をきゅうきゅうと締め付けた。
「中也のイイトコロ、ちゃあんと覚えるからね」
「だざい、またっ……イく、ンっ」
「何度でもイっていいよ、中也」
 太宰がとどめにと中也の陰茎を擦ってやると、中也は2度目の絶頂を迎えた。膝の力が抜けて、再びぺたんと太宰の太腿に座り込む。今度は太宰が中也を抱き締めた。快楽の波が少し収まるまで待ってやる。
「ちゅうや、自分で挿れれる? それとも正常位がいいかな?」
「ン……自分で挿れる。対面でシたい」
 中也は太宰の陰茎を後孔にあてがい、少しずつ腰を落としていった。太宰の形に広がっていく自身を、中也は愛しく感じた。
「大丈夫……?」
「……っ、あと、すこし」
 太宰は労るように片手で中也の腰を撫でた。もう片方の手は、肩に添えられている中也の手に重ねた。そして、暫くして太宰の陰茎を全て飲み込んだ。中也は少し膨らんだ気がする腹をそっと撫でる。
「ぜんぶ、はいったぜ。……って、大きくすんなよ」
「たって、中也が準備までしてくれて、私を受け入れてくれたんだよ? 嬉しいし、興奮するに決まってるじゃない。もう動くね。我慢出来ない」
 太宰は容赦なく腰を打ち付けた。
「ひぁっ、いきなり、かよ! アァっ」
「中也……ちゅうや、きもちいい。すき、だいすき」
「だざいっ、キス、したい」
 中也がそう伝えると、すぐに唇が降りてきた。お互い貪るように激しく口付けしあう。くちゅくちゅと舌を絡めて互いに吸い合い、境界線が薄くなっていく。同時に抽挿も激しく深くなっていく。
「ふっ……ん、きもちい、しあわせ……っあ、イきそ、だざい」
「わたしもイきそう……っ。一緒に、イこうか」
 そして太宰が一層深く腰を穿って、ふたりは同時に果てた。腹の中に出される熱さに幸福感を感じながら、中也の意識は途切れたのだった。

* * *

 翌朝、中也が目覚めると太宰に抱き締められていた。ぼんやり昨夜の情事を思い出す。自分から太宰に奉仕し、求めたことが鮮烈に思い出され、ひとり赤面する。布団は被っていたが、お互いまだ裸のままのようだった。しかし、乾いた精液の不快感も感じず、躰は清められていた。自身のナカも太宰の放った熱がある感覚もない。どうやら太宰が後処理をしてくれたらしい。
 ふと水を飲みたくなったのでまだ眠っている太宰の腕から抜け出しキッチンへ向かう。グラスを取り出し冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターをなみなみと注ぐ。そして一気に飲み干す。昨日の熱がまだ冷めず、冷たいものを食べたい気分だった。今度は冷凍庫を開け、買っておいたカップのバニラアイスを取り出す。どうせなら太宰の寝顔を拝もうとスプーンを持ち、再び寝室へ向かった。

 寝室へ戻り、ベッドに腰掛け太宰の寝顔を見ながらアイスを食べる。太宰の顔は本当に綺麗だなァと感じる。暫く見詰めていた。アイスが半分程になった頃、睫毛が震え、瞳がゆっくりと開かれた。太宰と目が合ってドキリとしていると突然腕を引かれ引き寄せられた。そしてそのまま唇が合わさった。唖然としたままの唇に、太宰の舌が入り込んでくる。口内のまだ冷たいアイスがどんどん溶かされていく。
「ふっ……ン」
アイスが溶けきると、漸く唇を開放された。
「おはよう中也。私もアイス食べたい」
「それなら残り、全部やる」
 中也がカップとスプーンを差し出す。
「違う。私は中也とアイスが食べたいの!」
「……だざい、それって」
「うん。中也ももう一回、食べちゃいたい」
「仕方ねェなぁ。すきだぜ、だざい」
 太宰の要望を理解した中也が太宰に跨がりアイスを口に含み、そのまま口付けた。

 ――――今日も甘い1日になりそうだ。