中也の家に住み始めて、もう約1年。去年の今頃、私はこの家に居候し始めた。中也と一緒に住むと決めたから、年を越してもここは私の家で、帰るべき場所だ。新しい社員寮に住まないことを決め、手続きも終えた。正式に中也の家の住人になるということで、中也は私の部屋を用意してくれた。6畳ほどの和室だ。中也がこの家を建てた当時、何となく和室もあるといいなと思って作った部屋らしい。実際に暮らしてみると、なかなか使う機会がなく、空き部屋になっていた。故に家具も何もない。だから休暇に入ってすぐ、中也とふたりで家具を買ってきた。ワードローブや机に座椅子、小物収納の棚などなど。中也の家は洋風で炬燵がなかったので炬燵も買った。あとはこの時期だから、電気カーペットも。部屋の掃除をしてから家具を入れ、客間に置いてあった最低限の衣類と日用品を新しい家具に収納した。寝るのは中也の寝室なので、布団も買ったが使われることは殆どないだろう。ベッドがないと、6畳でも充分に広く感じる。家具を置いて少し物足りなく感じたので、小さめだけれどテレビも置いてみたら、大分生活感が出てきた。
今日は大晦日で、1年最後の日だ。家の掃除をふたりでして、中也はその後おせち料理を作っていた。夕食は豪勢に蟹鍋。蟹の出汁が出た雑炊をシメに食べて、今はなんとなく、ふたりで私の部屋の炬燵に入ってぬくぬくあたたまっている。テレビで毎年おなじみの歌番組が放送されていた。
「炬燵、あったかいでしょう?」
「そうだな。これは確かに、出たくなくなる」
中也は炬燵に入ったことがなかったらしい。このあたたかさを知ってしまったら、普通のエアコンを物足りなく感じてしまうだろう。現に、私たちはぼんやり歌番組を見ながらここに居座っている。
「蜜柑食べる?」
炬燵と云えば蜜柑。正月用に箱で買ったから、数はたっぷりある。炬燵の上には蜜柑を盛った籠と、お湯が入ったポットにほうじ茶のティーパックと湯呑が置いてあった。なかなかここを離れることはできないと自分でも思う。くつろげる要素しかないのだから。
「食べる」
籠から蜜柑を取って、私は隣に座っている中也に渡した。自分用にもうひとつ取って、皮を剥く。蜜柑の爽やかな香りが室内に広がった。
「余ってる部屋、ここしかなくてごめんな」
中也はふと、申し訳なさそうに云った。
「私には充分だよ、持ち物もあまりないし。和室もいいじゃないか。こうして炬燵も置けたことだしさ」
部屋なんて別になくても良いくらいだった。探偵社の仕事は基本的に朝から夕方までだ。一方マフィアは夜の仕事も多く、お互いの生活リズムは少しズレている。部屋を用意しなくても、家で一人になる時間はきちんとあったのだ。私はかつて用意されていた客間を殆ど使っていなかった。中也が「折角だから」と云うので和室を使わせてもらうことにしたのだ。
「それなら良かった」
中也は私の言葉を聞いて、安心したようだった。
蜜柑を食べ、お茶を飲んでいると、中也はカクカク船を漕ぎ始めた。1日中動きっぱなしで疲れたのだろう。
「中也、寝に行きなよ。湯呑みとかは洗っておくからさ」
「ん……」
中也は返事をしたものの、眠気の方が勝っているみたいだ。動く気配がない。生憎、私は身長の割に重い中也を運ぶつもりはない。それなら、と思ってこう提案してみた。
「じゃあ、ここで寝てみるかい?」
「ね、る」
今にも眠りに落ちそうな中也がそう云うなら、ここで眠ることにしよう。さて、どうするか。折角炬燵があるのだから、そのまま寝ることはできる。しかし、それでは新年早々体が痛い、なんてことになってしまう。私は少し考えて、ある案を思いついた。敷き布団を炬燵の下に敷けばいい。そして、寝室の大きい毛布を炬燵布団の上に乗せる。これなら寒くないし体も痛くならない。
案が決まったなら、すぐに実行するとしよう。
「中也、ちょっとこっちで待ってて」
中也が座っている座椅子を中也ごと部屋の隅に引きずる。
「なに、するんだ……?」
「とってもあったかい寝床を作るから、ちょっと待っててよ」
「おう」
中也は返事だけすると、またうつらうつらとし始めた。寒くないようにブランケットを肩にかけてやり、私は寝床の準備だ。電気カーペットは流石に暑いと思って電源を切った。炬燵をどかし、新しく買ってきた敷布団と客間にあった敷布団をつなげて敷く。その上に炬燵を乗せ、炬燵布団が挟まっている天板をどけて毛布を乗せ、元に戻した。寝室から枕を持って来れば、今夜の寝床の完成だ。
「中也、できたよ」
中也の肩を軽くゆすってやると、中也がゆっくり頭を上げた。
「おぉ、これは」
「とってもあったかい寝床」
「明日、起きられるのか……?」
「寝坊しても大丈夫だよ、休みなんだからさ。とにかく入ろうよ」
私は中也の手を取って寝床に導いた。敷布団はまだ少し冷たさが残っているものの、すぐにあたたかくなるだろう。
「やっぱり、あったけぇな。でも」
そう云って、中也はいつものように私の胸元に顔を寄せた。結局いつもの体勢になってしまうのか。私は、別にいいけど。
「ここが一番落ち着く」
今更だけれども、中也はただ寒いからではなくて、安心するからこの体勢で眠ってくれるんだ。場所が違うだけなのに、いつも通りなのに、じんわり愛おしさが溢れてきた。
「中也、ちょっとこっちおいで」
「なんだよ、俺は眠ぃんだ」
「キス、したくなっちゃったからさせてよ」
「しょうがねぇなぁ」
中也はずるずると上に移動してくれた。あとは自然に、お互いの唇が触れる。啄むような口付けを何度も繰り返して、私の気が済んだタイミングで唇を離した。暗くてもよく知っている。この1年で、キスは何回もしている。キスをした後の中也は、なんだか甘くて、とろけた顔をしているのだ。気持ちよさそうで幸せそうだから、たまにしてあげたくなる。キスした後に、中也が私を抱きしめてくれるのも嬉しい。私も、中也とキスをするのは好きだったりする。
今度こそ、中也は眠ってしまったらしい。だから、私がもぞもぞ動いて、中也の頭の位置をいつもの場所に来るようにしてやる。この1年ですっかり「中也」という存在を手放せなくなったな、と思いながら、私は中也の体に腕をまわして抱き寄せた。中也はやっぱり、あたたかかった。