睦月

2022.1.10

 年が明け、新しい一年が始まった。天下のポートマフィアといえど、正月休みはある。休みを満喫しようと目覚ましを掛けることなくゆっくり眠り、自然に目が覚めたタイミングで起きた。携帯端末の時刻を確認すると8時だった。体を起こして伸びをすると、布団がずれて寒いのか、隣で眠る太宰が布団を手繰り寄せた。
 太宰が俺の家に居候を始めて4日目。「寒いから中也を湯たんぽにして寝たい」だなんて嘘だと思っていた。その予想は見事に裏切られたわけだ。初日から太宰は俺の布団に入ってきた。任務でも同じ布団で寝るなんてなかったと思う。せいぜい、野宿することになって仕方なく隣同士寝袋で寝たくらいだ。彼奴の足先と指先は氷みたいに冷たかった。布団に入っているのに、俺は熱を奪われる羽目になった。彼奴から熱を奪い返したいと思い、横向きで後ろから抱きかかえられた体勢のまま背中を押し付けた。すると彼奴は「もっとくっつきたいの?」と云って俺の手を握ってきた。クソ冷てェ。ふざけんな。悪態をつきつつも、布団から追い出すことは出来なかった。買い出しや掃除で疲れていたため早く眠りたかったからだ。布団の中で早く温まるようにと願いながら初日は眠った。結局翌日も、翌々日も太宰は俺の布団に入り込んでくる。彼奴には客間をあてがったので、そこの布団で眠ればいいのに。俺はもう何も云わないことにした。そのうち慣れると思う……多分。
「ちゅうやぁ、さむいんだけど」
 太宰は布団とベッドの間にできているすきまを減らそうと、俺に背を向けたままこちらに寄ってきた。
「あれだけ俺から熱を奪っておいて、何云ってやがる」
「さむいからもう1回布団入ってよ……」
「手前も起きたんなら起きればいいじゃねェか」
「むり」
「そんなに朝苦手だったか?」
 太宰が朝の任務に遅れてきたことは、意外なことに一度もなかった。「時間は守る奴なんだな」と思っていたけれど、何かあるのだろうか。
「……だって、君と泊まりで任務のときは……寝ずに起きていたもの」
「なんでだよ」
「君に弱みを見せるみたいで、いやだったの」
「それで?」
「ほんとはわたし、低血圧で……あさ、苦手なんだ」
 初耳だった。そういうことは先に云っとけよ。嫌いな相手でも、わざわざ弱みにつけこんで、からかいはしねェよ。
「今回も寝ずに、きみが居ない時に寝ればいいやって思ってたけど、中也があったかすぎて寝ちゃったんだ」
 布団にくるまっているせいでボソボソとしか太宰の声は聞こえないが、確かにいつもより元気がない感じがする。本当なんだろう。
「良かったな、寝れて。白湯持ってきてやる。雑煮の餅はいくつ食う?」
「ひとつでいい」
「そんだけでいいのか? まぁ、おせち料理あるしいいか。待ってろ」
 俺は布団から出て、キッチンへ向かった。

 早速電子ケトルで湯を沸かし、湯呑みに氷を2個入れてから湯を注いだ。元旦くらい、ちゃんとした出汁を取って雑煮をつくりたいので、鍋に水を入れて昆布を入れた。餅用にもうひとつ鍋を出し、水を入れ、火をかけた。寝室に行くと太宰はまだ起き上がっていなかったのでベッドサイドテーブルに湯呑みを置き、「ゆっくりでいいから来い」と声を掛けた。太宰は小さいながらも返事をしたから、そのうち来るだろう。キッチンに戻り、鰹節を削るための削り器を出した。木槌で鉋の刃の出方を調節する。余裕がある時くらいしか削り器を使わないため、2、3回鰹節を削りながら調節した。適量を削ると削り台の手入れをして、再び棚にしまった。頃合になったので、昆布を入れた鍋に火をかけた。そして、大晦日に作っておいたおせち料理が入った容器を出し、重箱に食べる分だけ盛り付けていく。今まで一人暮らしだったため、俺の家には一段の重箱しかなかった。仕方ないのでデザインが異なる重箱をもうひとつ出した。だし巻き卵はすぐに作れそうだったので、事前に作るのはやめておいた。温かい方が美味いし。出汁の鍋が沸騰するまで、だし巻き卵を作るか。出汁は市販のモノを使うことになるが、勘弁してくれ。卵焼き器に油を入れ、熱くなる間に卵液を作った。そして、ほんの少しだけ卵液を入れ、火加減を確認してから卵液を投入した。固まる卵を見ながら、出汁の鍋が沸騰しそうだったので昆布を鍋から出した。卵を巻き終わると出汁の鍋が沸騰したので削った鰹節を投入する。そして火を止めた。2分程待つ間に、雑煮の具の、正月菜やかまぼこを切っておく。その後、濡らしたペーパータオルを敷いた万能こし器をボールで受け、やっと出汁が完成した。出汁ができると餅を茹で始めた。餅を3個鍋に投入する。電子ケトルの残りの湯を新しい鍋に投入して火を点けた。お湯はすぐに沸騰し、俺は切っておいた正月菜やかまぼこを入れる。
 料理の匂いがキッチンとダイニングを満たす頃、太宰がダイニングにやってきた。
「……いい匂い」
「来たか。もうすぐできるから待ってろ」
 俺は完成した雑煮とだし巻き卵を盛り付け、重箱を運んだ。
「白湯、ありがと」
 起きてすぐの時より、太宰の調子は良さそうだった。太宰が差し出してきた湯呑みを俺は早速洗う。何度も云うが俺はずっと一人暮らしだった。湯呑みもひとつしかないのだ。不釣り合いだが、仕方なくマグカップを取り出して茶を淹れた。湯呑みとマグカップを持ち、ダイニングテーブルに運んだ。箸は太宰が準備してくれたようだ。
「「いただきます」」
 いつぶりだろう、「いただきます」なんて自宅の食卓で云うのは。
「おいしい」
 雑煮を一口食べて、太宰は云った。
「そりゃ良かった」
 実は、正月だからといって、いつもはこんなにおせち料理を作らない。今年は太宰が居るから、まぁ居候とはいえ一応客人だし、しっかり作ろうと思ったのだ。
「食べきれなかったら残してもいいぞ。昼にまた食べればいい」
 太宰は少食だ。俺と同じ量を用意したが、食べ切れないかもしれない。
「ううん。食べるよ。だっておいしいから」
「無理するなよ。お前、すぐ消化不良起こしそうだし」
 太宰は口をもぐもぐさせながら、俺を不満げな目で見つめた。意地でも食べ切るらしい。俺は忠告してやった。知らんぞ。

 その後、俺たちは無言でおせち料理を食べた。太宰は無事に食べきったが、どう見たってお腹いっぱいそうだ。
「中也、昼、いらない……」
「ほれみろ! 云ったじゃねェか」
「君の手料理がおいしいからいけないんだよ」
 なんだ此奴、さっきから俺のこと褒めすぎじゃねェか? でも、美味しく食べてくれたなら良いか。たまには太宰に褒められるのもいいのかもしれない。
「昼から買い物にでも行くかな」
「昨日も買ってたじゃん? 何買うのさ」
「手前の食器がねェんだよ。お重使ったり鍋の時はいいが、カレー皿もひとつしかねェし。そういや手前、衣服以外に何か持ってきたのか?」
「え、衣服以外に何も持ってきてないよ? だって私の部屋、食器はカップと最低限の箸とかフォークだけで紙皿をずっと使ってたもの。テーブルとか家具は備え付けだったし。コンテナ見たら分かるでしょ、そういう人間だって」
 え、マジかよ此奴。あの頃から変わってないんだな。食器もねェのかよ。
「はぁ、ということは食器は要るんだな。タオルと、ついでに布団も買うか?」
「布団はいらないよ、中也が居るから。ほんと君は、子供体温であったかいねぇ」
「誰が子供だ!」
「ほら、そういう所だよ。すぐ挑発に乗る」
「クソが……」
 ん? ということはやっぱりずっと俺と一緒に寝る気なのか。それなら、湯たんぽも買おうか。俺が最初寒いし。
 買い物リストを脳内に浮かべながら、太宰が淹れてくれた茶を飲んだ。……少しだけ濃かった。苦味を味わいながら、俺はまたふぅと息を吐いた。