神無月

2022.10.29

 私が中也の家に居候し始めて早10ヵ月目。時が経つのはとても早い。それだけ、中也との生活が充実しているということだろうか。中也と一緒に過ごしていると、なんだか落ち着く。一人ならやらない節分や花見などの行事も、ふたりだからやっていた。そうやって日常の中にちょっとしたイベントがあると、ただ時が流れるだけの生活が少し豊かになった気がした。未だに入水しに行く時もあるが、中也が濡れたまま帰ってくると嫌がるので自粛中だ。寒くなってきたし、入水するならまた暖かくなってきてからかな。
 先月は遊園地に行ってきた。ジェットコースターにたくさん乗せられたものの、中也の可愛い写真を撮ることができたので良しとしよう。遊園地の楽しさは得ている知識から想像できたものの、正直なところ、実際に「楽しい」と思える自信はなかった。アトラクションなんて、所詮は作り物にすぎないのだから。中也と行ったからこそ、私はこの、ありふれた「楽しい」という感情を抱くことができた。また行きたいなんて思うくらいに。帰路の車内では、1日のことを振り返りながらおしゃべりしていた。また遊園地に行く約束もしたので、中也との約束がどんどん増えていっている。いつ死んでもいいのだけれど、暫く死ねそうにないな、とは思う。

 大切に抱きしめて一緒に眠っている中也の体が熱い。発熱しているのだろう。中也は以前から、休むことが下手くそなのだ。自分の限界なんて、最初は分からなくても段々分かってくるだろうに。ポートマフィアに忠誠を誓っているからなのか、中也の働き方はいつだって自己犠牲的だ。社畜だと思う。限界まで働いてしまうと、休む時間もたっぷり必要になるからきちんと休めと、私がマフィア在籍時に何度も云ったはずなのに、いつまで経っても聞いてくれそうにない。そういう所がムカつくんだ。
 こうなったら、少なくとも今日は中也を休ませる。できれば5日以上。マフィアの幹部なのだから、拠点に出向くかどうかは自由だ。義務ではない。仮に拠点に行かないとしても、中也のことだから家で仕事をし始めるだろう。休ませるために効果的なのは、やはり森さんから命令をしてもらうことだ。ちょっぴり気に食わないけれど。私はそっと携帯端末を持ってベッドを出て、森さんに電話を掛けた。深夜だが、多分出てくれる。少し長めに7コールほど鳴った後、森さんが電話に出た。
「こんな時間になんだい、太宰君。もしや、マフィアに戻りたくなったのかね?」
「そんなわけありませんよ。要件を単刀直入に云います。中也に休みを与えてください。発熱しています」
「おや、きっと風邪をひいてしまったんだねぇ」
「部下の管理がなっていないようですが?」
「君も分かっているだろう。中也君はなかなか休暇を取ってくれなくてね。分かったよ。中也君がどうしてもやらなくてはいけない仕事は今ないから、休暇をあげよう。何日ご所望かな?」
 やはり、森さんは中也が根を詰めて働くのを知っているから、スケジュールを調整してあったようだ。体調を崩す前に休ませてくれたら一番良いのだけれど。
「一ヶ月、と云いたい所ですが、無理だと思うので一週間はどうでしょう」
「なるほど一週間。それなら大丈夫だ。中也君の端末には連絡を入れておくよ」
「よろしくお願いします」
 本当は一ヶ月休暇をもらえれば、旅行にも行けるのだけれど。マフィアの状況を考えると、一週間で精一杯なのだ。居候の条件である、マフィアの状況予測をするために、マフィア内の状態をある程度知っているので分かる。
「太宰君からも、無理はしないように云ってくれないかい?」
「それなら、私がマフィアに居る時に何回も云いましたよ。聞いてくれやしない」
「今の君から云われたなら、効果があると思うよ?」
 意外だった。森さんがこんなことを云ってくるなんて。
「何故、そう思うんです?」
「紅葉君から色々話を聞いたんだよ。遊園地にもふたりで出掛けたそうじゃないか。その時の写真を見せてもらったんだ。中也君、とても優しい顔をして、幸せそうだったよ。だからだ」
 森さんにはそう見えたのか。中也の写真がそう見えたなら、私も嬉しい。
「分かりました。もう一度、伝えてみます」
「うん、それがいい。なんなら、ずっと中也君の家に居てもいいし、君の家だって使っていい。それで君たちが幸せならばね」
「……考えておきます」
「分かった。まだ時間だってあるし、考えてみなよ。じゃあね」
「はい、ありがとうございました」
 約束の1年を過ぎても一緒に住むということは、考えたことがある。一緒に暮らすうちに、中也のことがどうにも愛おしい存在になっていた。だから今だって、中也を休ませるために非常識にも深夜に電話をしていたのだ。私自身は10ヵ月一緒に暮らしてみて、思った以上に良かったと思っている。マフィアに居た頃は任務があったから中也の隣に居たけれど、ただ一緒に居て、日常を共有するのも悪くない。しかし、中也はどうなのだろう。「これからも一緒に住みたい」と伝えて、断られることが私は怖い。この、生温かくて心地よい関係を壊したくない。
 通話を終え、次は国木田君に連絡だ。中也だって私の看病をしてくれたのだから、私だって中也を看病するんだ。中也の看病だと伝えれば、おそらくすんなり休ませてくれる。連絡をすれば良いだけなので、今度は電話ではなくメールをしておこう。
 メールを送信すると、私は冷却シートを探した。どうやら、私が風邪をひいた時に使い切ってしまったらしい。明日買いに行こう。仕方ないので、水で濡らしたタオルを用意して寝室に戻った。布団の中に入ると、中也が胸元にすり寄ってきた。猫みたいで可愛い。中也は犬だけれど。
「だ……ざい」
 熱のせいなのか、少し寝苦しそうだ。濡れタオルを額に乗せてやろうとするが、横向きになっているので乗せられない。仕方ない、冷たさで起こしてしまうかもしれないけれど、首に乗せてみよう。柔らかい髪の毛を退けて、そっと濡れタオルを乗せた。起きるどころか少し楽になったようだ。依然としてすやすやと中也は眠っている。私も今できることはやりきったかな。再び中也を軽く抱き寄せて、私も眠ることにした。

 翌朝、隣でもぞもぞ動く気配がして私は目覚めた。中也が起きたみたいだ。私は中也の方に身を捩った。
「……なんだこれ」
「濡れタオル、だよ。君、まだ熱あるよね」
「確かに、なんかあちぃな。体も怠い」
「中也、今日から一週間お休みだよ」
「はぁっ?」
「端末見てみなよ」
 少し焦った様子で端末を見る中也。森さんからの連絡が届いているだろう。
「首領から連絡きてる……。さては手前、首領に何か云ったな?」
「何って、君が風邪をひいて熱があるから休暇をくださいって頼んだんじゃないか」
「この程度で、休んでいられるかよ!」
 ほら、やっぱり。こんな状態でも仕事に行こうとするんだ、中也は。
「行こうとしても駄目だよ。何より森さんからの命令だからね。そうでしょう? それに、君がしっかり休むよう、私が看病して見張るんだから」
「別に、手前は探偵社に行けばいいじゃねぇか」
「君はすぐ仕事をしようとするからね。それに、中也だって看病してくれたじゃない。お返しだよ」
「む……」
 義理堅いからなぁ、中也は。単なる好意ならまだしも、「お返し」ならわざわざ断る理由もないだろう。
「薬局が開店したら、冷却シートとか買ってくるよ。欲しいものはある? あと、食べたい物とか」
「バニラアイス。雑炊は梅がいい。スポドリなかったら買ってきてくれ。あとは……、太宰が切った、林檎」
「分かった。買ってくるね。食欲はあるみたいで安心したよ。開店まで時間があるし、朝ごはん代わりに林檎を食べるかい?」
「食べる」
「じゃあ、切ってくるから。体温計、持ってくるから測っておいてね」
 私が布団から出てキッチンに向かおうとすると、中也がぽつりと云った。
「林檎切ってるところ、見せろよ」
 あぁそうだ、中也は案外寂しがり屋なんだ。林檎にかこつけて私と一緒に居たいんだろうな。
「仕方ないなぁ。練習の成果を見せてあげるよ」
 そして私は寝室を出て、林檎や体温計を取りに行った。

「なんか、病室みたいだね」
 ベッドの側にスツールを持ってきて、私は腰掛けた。体温計を中也に渡し、林檎を乗せる皿とコンパクトなまな板をサイドボードに置く。
「まぁ実際、病人が居るわけだし……。間違っちゃいねぇよな」
「喉は痛くないの? 鼻水も出てないみたいだし……」
「熱と倦怠感以外は特に何も」
「働きすぎで疲れちゃったんだよ。寝込む前にちゃんと休んでよね」
「……おう」
 あれ、弱々しいながらも今回は返事をしてくれたぞ。マフィアに居た頃は、完全に無視されていたのに。
 私は林檎の皮を剝いていく。たくさん林檎を使って、今まで練習してきた。細く剝くのは難しいけれど、皮が千切れない程度にはスムーズに剝けるようになっていた。
「随分、上手くなったな」
「そうでしょ。練習したら、ちゃんとできるようになったよ」
 皮を剝き終わると、林檎を8等分に切った。勿論、ヘタも種も上手く取り除いて。
「もっと小さい方がいいかい?」
「いや、このままでいい」
 皿に乗せた林檎に中也は手を伸ばし、切られた林檎をまじまじと見た後口に運んだ。
「美味いな」
「味、分かるわけ?」
「太宰がここまでできるようになったのが何だか嬉しくて。風邪で味が分からなくても、美味いにきまってるだろ」
 それはちょっと強引なんじゃないかな。それでも、中也に褒められて私も嬉しかった。ただ切っただけの林檎だけれど。
「また今度、切ってあげる。食べられるだけ食べなよ。残りは私が食べるから」
 中也は半分ほど食べると「もういい」と云った。余った林檎を今度は私が食べる。
「ふふ、おいしい」
「な? そうだろ」

 林檎を食べた後、中也の体をふいてやって、汗をかいたパジャマを着せ替えた。薬局の開店まで、まだ時間がある。
「中也、ひとまず眠りなよ」
 その瞬間、途端に中也が寂しそうな表情になったので、慌てて言葉を付け足した。
「中也が眠るまで、一緒にいるから。君が眠っている間に、買い出しに行ってくるよ」
「となり」
 中也がバフバフと私がいつも寝ている辺りの布団を叩く。隣に来いということか。
「はいはい、分かった分かった」
 モゾモゾと布団に入ると、中也は私の手を握ってきた。
「中也って、そこまで寂しがり屋だったっけ」
「……手前は一度、俺を置いていったからな。何も云わずに」
 手を握る力が強くなった。あの時のことか。何も伝えなかったのは、中也のためでもあった。仲が悪いコンビと云われていたものの、一緒に任務をしていたことに違いはない。マフィアを去る前に接触したら、きっと中也が疑われる。あとは、当時の私が中也に対してどうにも素直になれなかった所為でもある。せめて何か残そうと思って残せたのは、納車されたばかりの中也の車に爆弾を仕掛けることだった。
 汚濁を使ったからこそ認められた功績も多々あり、汚濁解除の役を担う私が居なくなるということは、中也にとって幹部昇進への道をより困難なものにしたに違いない。それでも中也は幹部になっている。当時はそこまで考える余裕がなかったけれど、当時を振り返ってみて、私は中也の力を信じていたと思う。
「今更何を云ったって言い訳にしかならないのだけれど、中也は幹部になれるって確信していたし、君とはまた逢えると思っていた。だから、さよならなんて挨拶は、必要なかった。まぁでも、爆弾しか残せなくて、ごめんね」
「手前の愛情表現は、すっげぇ分かりにくいんだよ」
「中也に云われたくないな、それ。当時の私も私なりに頑張って伝えていたのだよ? それこそ寝込む前に休めって、何度も云ったじゃないか」
「はぁ? 手前は『体調管理もしっかりできないわけ?』って云ってたし『仕方ないから君の任務手伝ってあげるよ』だなんて云いやがって、俺は心底ムカついたんだぞ」
 あれ、そんな辛辣なこと云ってたのか、私。これでは真意が伝わらないわけだ。
「だから君、無理して任務してたのかぁ……! 成程、やっと分かったよ」
「何だよ、無自覚だったのか……。なんか損した気分だぜ」
「安心してよ、今の私は君を置いていかないからさ」
 中也の方を向いて、もう片方の手を中也の手に添えた。優しく擦ってやると、漸く力強く握っていた手が弱まってきた。
「今の方が分かりやすい」
「そうだよね、善処する。中也、いい加減眠りなよ。おしゃべりばかりしていても、体が休まらないでしょ」
「分かった。でも、俺が眠るまで側に居ろよな」
「分かってるってば」
 やっと安心したのか、中也は目を瞑ってくれた。私はそのまま、中也の片手を軽く握ったままだ。暫くすると寝息が聞こえてきた。熱があるのだから、体はつらいよね。眠りが深くなった頃を見計らって、私は布団からそっと出た。そして、濡れタオルを退かして中也の額に口付けをひとつ。
「早く、元気になるんだよ」
 そっと呟いて、私は薬局へ出掛けた。

 薬局の帰り、隣の姐さんの家から薫ってくる金木犀が気になって、一輪挿し用にもらおうと思った。インターホンを押すと、姐さんが直々に出てくれた。
「なんじゃ、太宰の童か。何の用かえ?」
「金木犀を一輪挿ししたいんですけれど、いただけませんか?」
「お主にもそういう趣味があったとはな。良いぞ。今切って持っていく」
 元々興味はなかったけれど、中也が季節に合わせて一輪挿しする植物を変えていたから、私も気になっていたんだ。今の季節にぴったりだと思う。
 程なくして、姐さんが玄関から出てきた。
「そういえば、今日から中也は休みと聞いておるが、風邪でもひいたのかえ?」
「そうなんですよ。だから今、薬局に寄ってきた所で」
「やはりな。最近は残業ばかりしていたから、心配しておったのじゃ。お主のその様子だと、大丈夫そうじゃな」
「えぇ。熱と倦怠感がある程度なので、ゆっくり休めば大丈夫かと」
 そう伝えると、姐さんはそうかそうかと頷いた。安心したみたいだ。
「そうじゃ、遊園地の話、また聞かせてくれぬか。中也の写真が可愛くてのう。また中也と一緒に茶会でもするかの」
 隣の家ということで、姐さんの話し相手として、私と中也は茶会と称して姐さんの家に呼ばれることがあった。本当にただお抹茶と茶菓子をいただきながら、姐さんとのんびり話しているだけだ。遊園地の話となると、きっといつもより時間が掛かるだろうな。
「いいですよ。また都合がいい日を教えてください。私はパンダに乗った中也がイチオシですね」
「あの写真は可愛さが爆発しておった! ……中也が待っておるな。立ち話はこの辺で仕舞いじゃ。後で連絡する。またな」
「はい。金木犀、ありがとうございます」
 姐さんは話したいことがたくさんあるみたいだ。たくさん写真送ったもんなぁ。私は金木犀を姐さんから受け取ると、会釈をして立ち去った。

 家に帰ると、保冷バッグに入れたアイスクリームを早速冷蔵庫に入れた。姐さんからもらった金木犀は、水切りをして花瓶に挿した。冷却シートと花瓶を持って、私は寝室に向かった。
 中也はまだ眠っているようだ。間に合って良かった。濡れタオルを冷却シートに交換したいけれど、起きるのを待っているのも勿体ない気がする。ちゃんとした冷却シートの方が冷たくて気持ちいいはずだし、交換しよう。濡れタオルを取り去り、冷却シートを額に貼り付けてやると、中也が目を覚ました。
「おかえり」
「ただいま。まだ熱は下がってなさそうだね。冷却シート、もっと貼る?」
「貼る」
 中也は起き上がり、腕を広げた。私はパジャマを脱がせろということかと思い、ボタンに手を掛けると、それは違ったようだ。中也が抱き着いてきた。
「あれ、ハグして欲しかったの?」
 素直に云ってくれればいいのに。私はベッドに乗り上げて布団を被ったままの中也の脚をまたぎ、中也に体重があまり掛からないように乗った。優しく抱きしめて、背中を撫でると中也は体重をこちらに預けてきた。
「ちゃんと、帰ってきた」
「もちろん」

 中也の気が済むまで抱きしめて離れると、私は冷却シートを脇に貼ってやった。これで熱が少しでも早く下がるといいな。
「これ、姐さんの所で貰ってきたのか?」
 中也は金木犀の一輪挿しを指差していた。
「そうだよ。中也がいつも飾ってくれるからね。金木犀、外を歩くと薫りが漂ってきて気になっていたんだ」
「俺も貰おうかなと思っていたんだ。良かった。本当は植物をもっと庭に植えられたらいいんだけど、家に帰れねぇ時もあるし、俺じゃ手入れしきれないからな……」
 私ほどではないが、中也もかつては無機質で飾り気のない部屋に住んでいた。今だって物が大量にあるわけではないし、比較的シンプルなインテリアを中也は好むが、家具や間取りは中也の意見を取り入れてあるはずだ。最低限休めれば良いと思っていた中也が、庭のことまで気にかけるようになったのは感慨深い。
「貰ってきて良かったよ。中也は人に任せるの、あまり好きじゃないものね。ところで、そろそろご飯の時間だけど、食欲はあるかい?」
「もうそんな時間か。食べられそうだ」
「用意して持ってくるね。アイスもちゃんと買ってきたから、食べられそうだったら食べて」
「おう」
 中也の返事を聞いて、私はキッチンへ向かった。

「料理はできなくても、電子レンジは使えて良かったよな」
 私がレトルト粥を電子レンジで温めて中也の所に持って行くと、開口一番こう云われた。
「林檎は切れるようになったもん。それに、電子レンジくらい使えるさ」
「俺の所に来てすぐの頃は使えなかったじゃねぇか」
「ここの電子レンジは普通じゃないもの!」
 中也の家の電子レンジは、料理好きな中也が選んでいるので最新型で高性能なのだ。やたらボタンが並んでいるし、スチームで調理もでき、オーブンの機能だってついている。社員寮に住んでいた時に使っていたのは、必要最低限の温める機能のみがついた電子レンジだった。そんな私が使えるはずないではないか。
「で、何で太宰も粥なんだ?」
 中也が寂しがるかと思って、自分の分も用意して寝室に持ってきたのだ。サイドボードには私の分の昼食もこぢんまりと乗っている。お粥が2人前と白湯、私用の作り置きおかず。
「同じものが食べたくて。いつも中也が作ってくれるから、同じものを食べているじゃないか。こういう時も、一緒がいい気がして」
「……そうかよ。腹減ったらちゃんと他の食えよ」
 熱のせいなのか照れているだけなのか、中也の耳は赤くなっていた。やっぱり、素直じゃないなぁ。
「早く良くなってよね。そしたらまた、いつもみたいに中也が料理している姿を見られるし、中也の手料理を食べながら晩酌もできる」
 手前はメシのことばかりだな、と中也が云ってきたから、「中也のご飯は世界一美味しいんだ」と云ってやったら、今度は顔が赤くなった。これでは熱を上げてしまうかもしれない。だけどこれは事実だ。
「いただきますっ」
 中也は照れ隠しなのか慌ててお粥を食べ始めた。熱いかもしれないのに、冷まさなくて大丈夫だろうか。
「あちっ」
 ほら、言わんこっちゃない。サイドボードに食事を置いたから乗せられなくなったスポーツドリンクのペットボトルを、床から取って中也に渡した。
「太宰の、ばか」
「そんなこと云わないの。私は中也と一緒に居たいだけだから。ただ、君が体調を崩していると行動範囲も限られちゃうし、あとは本当に、元気のない君を、長い間見ているのは嫌なんだ」
 そう云ったら、中也は吃驚した顔をして静かになってしまった。
「……それなら俺も、早く治す」
「うん。頼むよ」

 ――これならこれからは少しくらい、無理せず働いてくれるだろうか。