太さんと同じものが食べたい中さんのお話。食べ物詰め込んだらカオスなことになりました。
何でも許せる方向け(当社比)。

きみといっしょがいい!

2020.8.20

「ちゅうやぁー、今日の朝ご飯は~?」
 今日も太宰の声が聞こえてくる。付き合うこと1年、そこから更に同棲し始めて早2週間。食事は主に俺の担当だ。マフィアという職柄、夕飯は太宰となかなか時間が合わないので実質各自で食べている。朝食は一緒に食べ、昼食はお揃いの弁当を持っていく。というわけで、朝食は俺達にとってコミュニケーションをとるために必要な時間だ。
「今日は目玉焼きとサラダとトーストだ」
「今日も美味しそうだね」
「手前は朝、菓子パンばっか食ってたみたいだからな」
 インスタントのコーヒーと出来上がった朝食をテーブルに運ぶ。フォークやドレッシングは太宰が持ってきてくれた。
「「いただきます」」
 ふたりで手を合わせて、こんな風にあいさつをして、適当に会話をする。こんなに穏やかな日々が来るとは思っていなかった。
「……っ」
 太宰が目玉焼きをフォークで割った瞬間、目を見開いた。
「太宰、どうかしたか?」
「中也って、目玉焼きは固いのが好き?」
「おう」
 今日の目玉焼きは、固めの仕上がりだった。
「私はね、半熟派なのだよ。固い目玉焼きの一体何処がいいんだい?」
 まるで固い目玉焼きは認めないという姿勢に、俺はついカッとなってしまった。頭の中で戦闘開始のゴングが鳴り響く。
「半熟はドロドロしてて、なんか気持ち悪ぃんだよ。しっかり固まってた方が『黄身』って感じするだろ。かけるソースも染み込んで、こっちの方が美味いに決まってる! 半熟なんて言語道断だ!」
「えー? 半熟の良さが君には分からないというの? 本当に? いやぁ、それこそナンセンスだ。君が嫌いだと云った、そのトロトロさがいいのではないか。生の良さを残しつつ程よく固まっている、あの食感が最高。君はソースをかけるみたいだけど、私は醤油をかけるね。半熟に醤油。サラサラとした醤油に、とろりとした黄身が混ざるんだ。醤油の塩気と黄身のまろやかさが絶妙にマッチしている! 固い黄身の目玉焼きなんてありえない。ありえないよ、中也」
「そんなに嫌なら、もう食わなくていい。仕事行ってくる。弁当はそこに、置いといたから」
「ちょっと中也」
 俺は太宰の顔も見ずに、急いで朝食を食べた。食器をシンクに置いて準備を整え、そそくさと家を出たのだった。

 車を走らせ暫く経って落ち着いてくると、溜息を吐いた。これで、何度目だろうか。最初は確か、味噌汁の具だった気がする。他には食パンの山型か角型か、うどんか蕎麦かなど、子供のような口論をこの2週間で散々してきた。15歳の時から一緒に過ごしていても、お互いの好みをすべて知り尽くしているわけでもない。元々価値観は正反対だし、それ故に喧嘩は絶えない。それでも気になって仕方なくて、それが「惹かれている」ということだと分かって、理性では避けたいはずなのにどうしたって離れられなかった。だから腹をくくって同棲してみようと思ったのに。何事もない日も勿論あるが、食事を共にするだけでこんなに大変だとは思っていなかった。
 好みは別に、合わなくても問題ない。ただ喧嘩に発展してしまうだけで。それ以上に問題なことがある。

――――俺も実は、半熟派なんだよな。

 価値観が正反対だからといって、食べ物の好みまで正反対とは限らない。
 太宰がまだマフィアに居た頃だったと思う。ふたりで任務をこなしている時、おやつにと云って「きのこの山」と「たけのこの里」をもらったことがきっかけだった。差し入れをしてくれた構成員にどちらが良いか聞かれ、先に太宰が「きのこの山が欲しい」と云った。俺もきのこの山が良かったが、構成員に「太宰さんがきのこなら、中原さんはたけのこですね」と云われた。組織の中で俺達は「常に喧嘩をしていて、性格が正反対」で通っていたため、「太宰が好きなものは俺が嫌い」という印象が出来上がってしまったのだろう。両方とも余分に買ってあったようなので、俺が声をあげれば「きのこの山」を食べることが出来た。しかし構成員にあのように云われ、結局俺は「たけのこの里」を食べた。
 それからだ。俺が俺の好みに関わらず、太宰の好みと反対の物を食べるようになったのは。
 実を云うと、食べ物だけは太宰の好みとぴったり合致している。一緒に暮らすようになって、好みを偽るのがだんだんとつらくなってきた。
 俺だってカントリーマァムのバニラ味を食べたい。太宰はこういう時に限って気を遣ってきて、敢えてバニラ味だけ食べてココア味を残してくる。
 たまには日本酒だって呑みたい。太宰が「私、日本酒の方が好きなんだよね」なんて云うから、俺は葡萄酒ばかり呑んでいる。
 3個入っているうち1個すっぱい「そのまんまグレープ」のガムだって、普通にあまいガムを食べたい。太宰は俺がすっぱいガムを好きだと思い、謎の勘を毎回発揮してくれるものだから、最近はすっぱいガムしか食べていない。
 「チョコレート効果」のアソートだって本当は少し甘めなカカオ72パーセントの方が好きなのに、太宰は「好みが正反対だから丁度いいよね」と云って買った途端カカオ86パーセントの方を俺にくれる。72パーセントだけ入っているやつを買ってほしい。
 俺は、太宰と一緒のものが食べたい。一緒に食べて、共感し合って、純粋に食事を楽しみたい。

 その日の仕事は気分が乗らなくて、なかなか進まずいつもより帰宅が随分遅くなった。玄関の鍵を開け、家に入る。太宰の食事はもう済んでいるだろう。俺も執務室で軽食を食べてきた。下手したら太宰はもう寝室で眠っている頃だと思ったが、ダイニングにその姿を見つけた。
「太宰……」
「中也、おかえり。ねぇ、これ一緒に食べよう?」
 そう云って冷凍庫から出してきたのはパピコだった。チョココーヒー味だ。
「太宰は、この味が、好きなのか?」
「中也こそ、この味好きなの?」
「俺、は」
「私はね、好きだよ。この味」
「だったら俺は」
「『だったら』って何? 君さ、この味好きでしょ。なんで嘘吐こうとするの」
「俺と、手前は、正反対だから。正反対じゃないと、俺達じゃないんだろ。違うか?」
「違うさ。正反対じゃないと私達じゃないだなんてそれこそ本当に、本当の本当にナンセンスだよ。私達である前に、私は私だし、中也は中也だよ。本当は分かってるでしょ。だから嫌いだけど好きだし喧嘩もたくさんするけど、それでも一緒に居たいから、こうして一緒に住もうって思ってくれたんでしょ?」
「そう、だ」
「一緒に住み始めて、なんかおかしいなと思ってたんだよ。君が嫌がるようなことはしてないはずなのに、何処か嫌そうな顔するんだ。私、流石に無意識で嫌がらせはしないんだからね」
「俺、好きな食べ物、嘘吐いてたんだ。本当は太宰が好きな食べ物が、俺も好きなんだ。だから今日の目玉焼きも、本当は半熟が好きで」
「そっか。だったら早く、これ食べようか」
 太宰はパピコの包装紙を破って取り出した。そして2本で一組になっているそれを、1本に分けた。
「はい、中也の分」
「サンキュ」
 輪っかに指を通して栓を開け、ふたりして栓に残ったパピコを食べる。シンクロした動作に、お互い顔を見合わせた。くすりと笑い、そして自然と顔が吸い寄せられていった。そのままゆっくりと距離が縮まって、唇が触れ合った。離れる時、名残惜し気にリップ音を立てた。
「なんか、安心したよ。朝のままだったらどうしようって思ってた」
 太宰はそう云うと、パピコの本体を吸い始めた。
「……俺も」
「中也、おいしい?」
「あぁ。これ、こんなに美味しかったか?」
「ふたりで食べてるからだよ」
「確かにそうだな。そうだよな」
 体温で少しずつ溶けて食べやすくなっていくパピコを、ゆっくりと味わいながら太宰と一緒に食べた。