単語お題botさん(@tango_odai_bot)からお題「春コート」いただきました。
気持ちとしては現パロで書いていますが、気にしなくても読めます。
春といえば、何を連想するだろうか。やはり、定番は桜だろう。あとは入学式やら卒業式。始まりと終わりの季節。終わりの始まり、始まりの終わり。まだ満開でない、五分咲き程の桜並木の道を中也は歩いていた。川沿いの道を桜を見ながら歩く。自宅から自転車で行ける距離のこの場所。程よい距離感と桜のうつくしさのおかげで、なんだかんだで毎年来てしまう。川沿いなので、水面に散った花弁までもが儚くてきれいで……。
「って、こんなこと考えるために来たんじゃねェ」
そう、中也の今回の目的は花見などではなかった。つい先日、紆余曲折を経て相棒兼恋人となった太宰に、このうつくしい風景を見せたいと思ったのだ。端的に云えば下見に来たというわけだ。独りで、あるいは友人や家族と訪れたことは何度もあるというのに、下見に来てしまった。普通に女性と付き合っていたこともあるというのに、どうしても太宰となると何か計画をしなければ気が済まなかった。そんなことをしなければいけないと思うほど、気を遣う相手ではなかったはずなのに。「恋人」という関係は2人が望んで手に入れた関係のはずだった。しかし、色んな意味で特別な相手と意識しているので2人が思う以上に初々しくなってしまうのだった。
(デートのプランを考えるだなんて、いつぶりなんだろう)
(ここは特に眺めがいいから、写真でも撮るべきだろうか)
(昼間は人ゴミがすごいから、いっそ夜がいいのか? ライトアップは何時からだろう)
ますます初々しくなっていく思考に辟易しつつ、道を歩いていく。すると、見覚えのあるトレンチコート姿の男が見えた。太宰だ。ここで中也は漸く気が付いた。ここは中也の地元では有名な桜の名所である。同じ地元に住んでいる太宰が、この場所を知らないはずはない、と。ほんとに俺は何をしているんだ、と頭を中也は頭を抱えた。
「あっ、中也じゃないか。こんなところで何をしているんだい?」
「手前には分かってるだろ」
「そうだけど、云ってほしくて」
「……デートの下見だ。満開の景色を、手前と一緒に見たくてな」
「…………」
「おい、折角云ってやったのに無言とはなんだよ。……太宰?」
そこには、口元に手をあて照れている太宰がいた。
「思った以上に、聞いたら嬉しくて困ってる。君とこういう関係になってから、私、おかしいんだ。つまらない言葉でも君が云ってくれるとやけにあったかい気持ちになる」
「っっ、ハハッ……」
「なに笑ってるのさ。これでも私は真面目に云ってるんだからね」
「いやだってよ、俺も手前に喜んでもらいたくてプラン練ってたわけだが、一緒だったんだなと思って。こんな所、手前だって来たことあるはずなのに必死で考えて損したと思ったんだ。けど、同じなら悪くないと思うぜ」
すると、桜の花弁がひらひらと一片太宰の肩口に落ちてきた。
「太宰、花弁ついてる」
中也が花弁を取ろうとすると、手首を掴まれた。そのまま引き寄せられ軽く口付けられた。
「……こんなところでしなくても!」
中也の頭は突然の出来事にショート気味だった。
「……ちょっとは前進できると思ったんだけれど、駄目だね。恥ずかしくなってきたよ……」
呆然としている中也を余所に、トレンチコートの裾をサッと翻して、太宰は足早に進んでいく。
「太宰、待てよ!」
正気を取り戻した中也が、すっかりピンク色に染まった春コートの後ろ姿を追いかける。
あたたかい風が吹き抜けていった。