行く年来る年、君と共に

2019.1.1

「はァー、やっと今年の仕事が終わったぜ」

 中也は執務室で伸びをしながら呟いた。今日は大晦日。世間一般では、所謂「正月休み」に入っているところだ。マフィアにそのような一般の常識が当てはまるはずもなく、大晦日だというのに中也は働いていた。実は、今年は28日あたりから休めそうだった。しかし、その予想は見事に裏切られた。とある取引先がマフィアを裏切ったとの情報が入ったのだ。マフィアと取引を始めて10年程の組織で、正直なところ信頼していた。突然の裏切りに、ほんの少し年末モードだったマフィア内は一気に忙しくなった。組織をすぐさま殲滅することも勿論可能であったが、10年も取引をしていたのだ。間違いがあっては今後に関わるということで、下調べは念入りに行われた。結果、入ってきた情報は間違いがないと判断された。一応長く付き合っている相手なので、いきなり殲滅にかかるのではなく一旦年末の挨拶まわりを装うことになった。懇意にしている感を出すため、中途半端な立場の人材では駄目だった。そして、幹部である中也にその役がまわってきたのだ。組織の拠点に赴くと、予期せぬ来客に驚かれたものの丁重にもてなされた。応接室に通され待っていると組織の長がやってきた。そして、土産にと高級葡萄酒を渡された。この組織のトップも酒が好きで、中也は何度か仕事の話以外で酒について話をしたこともあった。酒選びのセンスも中也と合っていた。いいオッサンだったのになァ、と中也は思いながらあくまでいつものように会話を進めた。一通り世間話をした後、中也は本題を切り出した。マフィアといえど、無駄な殺生はしたくない。それが中也だった。だから結果が分かっていようと、相手の言い分も一応聞くのだ。どんどん青ざめていく長の顔を見て、自分達が調べた情報が事実だと感じざるを得なかった。証拠をすべて叩きつける前に、長は裏切りを認めた。情報を粗方聞き出した後、せめて楽に逝かせてやりたいと思い、銃で眉間を撃ち抜いてやった。それが合図で位置についていた中也の部下達が殲滅を開始した。やがて中也の手元には、葡萄酒のボトルだけが残っていた。
 殲滅終了後は拠点の執務室で報告書を書いていた。森からは提出が年明けになっても良いと云われていたが、折角の休暇に年末の報告書のことを考えなければならないのが嫌だったため今日中に終わらせることにしたのだった。そして、書きあげたのが先程というわけだ。時計の針は既に22時を指していた。忘れ物がないか確認してから執務室を出る。道はこんな時間だから空いているはずだが、それでも40分は掛かるだろう。仕事をやりきった解放感と早く家に帰ってゆっくりしたい気持ちで、自然と駐車場への歩みは早くなる。愛車に乗り込みキーを手早く差し込み、エンジンをかける。エンジンが少し温まるまで1分程待ってから車を発進させた。
 自宅マンションに着くと中也は「ただいまァー」と云ってドアを開けた。玄関に靴は2足あった。中也自身の靴と、恋人の靴だ。恋人と同棲し始めて、かれこれ3年になる。犬猿の仲な自分たちの関係が、まさか恋人になるとは思わなかった。死ぬほど嫌いだったはずなのに、それが死ぬほど好きという感情の裏返しだと知った時は絶望した。それが5年前。件の相棒(恋人)は中也が気付くよりずっと前に、このどうしようもない、行き場のない感情に気付いていたらしい。始めは相棒に半ば無理矢理「恋人」という関係にさせられたのだが、形さえ作ってしまえば後は型にはまるだけだった。「恋人」という関係の型にはまることは、思っている以上にぴったりと彼らの形に合っていた。今では、中也は恋人のことを「好き」だと認めている。
 着替えるために寝室へ向かう。ドアを開けると、布団にもぐりうつ伏せの体勢で両肘を支えにしながら文庫本を読む恋人、太宰の姿があった。
「おかえり、中也。今年も結局大晦日になっちゃったね」
「今年はもう少し休めると思ったんだけどなァ」
「急な殲滅任務だよね。今日のお土産は高級葡萄酒、といった所かな?」
「太宰、手前やっぱり一枚噛んでやがったか」
「だって、探偵社にこの仕事回ってきそうだったんだもの。年明け早々、フルスロットルで働くのはいやだなぁって思ったから、マフィアに動いてもらったわけ」
「さては、手前が情報を流したんだな?!まァた無駄に頭働かせやがって!」
「よかったじゃない、早めに芽を摘めたんだからさ。あのまま取引してたら君たち、大きな損害を被っていたよ?むしろ感謝して欲しいくらいさ。それに」
「なんだよ」
「あの組織の長と話して帰ってくるとさ、君、とても機嫌がいいじゃない。高級葡萄酒につられちゃってさぁ! もー、私っていう恋人が居ながらなんなんだい?」
「それはつまり、手前は嫉妬してたってことか?」
「そうだよ。それが何か?」
「ハッ、元最年少幹部サマが聞いて呆れるぜ。俺が、浮気をするとでも思っているのか? そんなこと思っているなら、覚えとけ。俺には、手前だけだ」
「中也さぁ、よく素面でそんなこと云えるよね」
「……で、手前はどうなんだよ」
 恥ずかしさで急に声のボリュームを小さくした中也が云った。太宰はにこりと微笑んでこう云った。
「……勿論、最期まで君と一緒だし、私の最期を知ってほしいと思うのも君だけだし、君とは地獄へ堕ちても一緒だと思う。大好きだよ、中也」
「……風呂、入ってくる」
 髪の毛から覗いた中也の耳は、すっかり赤く色付いていた。

 中也が風呂から出てきて、再び寝室へ赴くと太宰は先程と同じ体勢で文庫本を読んでいた。
「中也、おいで」
 中也に気付くと太宰は読書を止め、布団を腕でバサリと持ち上げベッドへ誘った。中也は誘われるままにベッドへ向かい、太宰と向き合うように横向きに寝転んだ。太宰は布団をそっと下ろし、中也をぎゅっと抱き締めた。
「ふふ、中也あったかい。湯たんぽみたいだ」
「今日は手前だってあったかいぜ。布団に潜ってたからな」
 中也も太宰の背に腕を回した。お互いの体温を味わうように、そっと抱き締めあった。

 ゆったりとぬくもりを堪能している2人の沈黙を破ったのは、中也だった。
「なァ、今年は……シねぇの?」
「なぁに中也、期待してくれていたの?」
「毎年ガッついてきてたのは何処のどいつだよ」
「君だって結果的にすっごくトロトロになってるじゃない、毎年」
「それは手前の所為、だろ」
「そりゃあだって気持ちいい方がいいし、気持ちいいって思わせてあげたいじゃない。もう離れられないくらいに」
「……そんなこと思いながら俺を抱いてたのか」
 その時、ゴーンと鐘を突く音が響いた。近所の寺から聞こえてくる、除夜の鐘だ。
「私ね、中也がお風呂に入ってからずっと考えてたんだ。お互いのことを、もう少し素直に伝えあいたいな。付き合いたての頃よりはマシだけどね、まだ伝えきれていない事がたくさんあると思うんだ」
「それで?」
「だから、今夜はゲームをしよう。除夜の鐘が鳴り終わるまで、お互いの好きな所を云い合おう。108個とは云わず、兎に角たくさん。たまにはいいでしょ? こういうのも」
「いいぜ、ノッてやるよ」
 こうして、大晦日のゲームは始まったのだった。

 暫く時間が経つと、最初の方に避けていた分かりやすい好きな所を挙げるようになっていた。
「えーと……太宰の、顔」
「えぇ、顔? というか中也私の顔、好きだったの? ねぇ、顔の何処が好きなのさ」
「全体の、バランスだと思う。……整ってるよな、やっぱり」
「ふーんそっかぁ。私は、中也の眼が好きだよ。色と、形と、私を見詰める視線。君に見詰められると、ゾワゾワするしドキドキするんだ。はい、中也どうぞ」
「その、声」
「それは知ってた。名前呼ばれるの好きでしょ?だってね、君のナカに挿入ってる時、名前を呼んであげるとキュッと締まるんだよ。ほんと、愛しくて堪らない。シてる時の君の顔、すっごく色っぽくて好き。私以外に見せちゃ駄目だよ?」
「……手前以外に抱かれるつもりはねェよ。俺が本気で抵抗すれば、手前を退けることだって出来る。でも、それをしないのはやっぱり、何だかんだで太宰が好きだからだと思う。押し倒されるとつい嫌って云っちまうけど、そんなことは、ないんだぜ。太宰とヤるのは、好きだ。単純だけど、愛されてるなって感じるから……って、何云わせンだよ」
「……鐘ももう鳴らないね。終わっちゃったか。君にそう云ってもらえて嬉しい。私の想いが、伝わってるみたいで良かったよ。来年もまた、やろうよ。云えば云う程、君を離してあげられなくなりそうだけれど」
「最期まで一緒なんだろ? 上等じゃねェか。1年に1回くらい、素直になってもいいのかもな。……ハハッ、俺たち煩悩まみれだな」
「そりゃあ恋だもの。煩悩まみれに決まってるじゃない。鐘を鳴らした所でキレイになるものではないよ、君への想いは」
「まァ、お互い様だなそりゃ。あけましておめでとう、太宰。今年もよろしくな。で、今からどうするんだ? 寝るのか?」
「まさか。君だって分かってるでしょ?好きな所云いあってる間、ずっとドキドキしっぱなしだったんだからね。私も、君も。勿論期待通り、目一杯愛してあげる」
 恍惚な笑みを浮かべながら、太宰は云った。
「こりゃ初夢どころじゃなさそうだな」
「初夢なんかよりずっといい夢、見させてあげるさ。今年だけじゃなく、来年も再来年もずっとよろしくね、中也」

 ――――1年に1度。たった1度、お互いがちょっぴり素直になれるきっかけが彼らにはある。それが、除夜の鐘。