現パロで、小説家(太)×ショップ店員(中)です。
職業はたいして関係ありません。

ぬくもり

2018.10.21

「……ちゅうやー、おきて!」
 ……誰だ、俺の安眠を妨害する奴は。
「ねぇ、ちゅうやったら、おきてよ」

 ……この声は、太宰か。というか、太宰しかありえない。ここは俺、いや、俺たちの住まいなのだ。ひょんなことから自身の太宰への気持ちに気付き、後先考えず告白した。それが3年前。玉砕覚悟だったのに告白されることをまるで読まれていたかのように、思った以上にあっさりと、その気持ちは彼奴に受け入れられた。「私も中也のことが、好きだよ」と云われたことが、今でも忘れられない。告白して付き合いだしてから、今までの関係が嘘だったかのように一変した。……と云っても喧嘩はついしてしまう。でも、その喧嘩でさえ、何だかいいなぁと思える程に温かくて甘ったるい気持ちになるのだ。重症だと自覚している。要は太宰のことが、好きで堪らないのだ。
 太宰好きが高じたのか何なのか、ついに、同棲を始めることにした。半年前にふと思いついて、太宰に話をしてみたら案外あちらも乗り気だった。どうせ、彼奴のメシも部屋の掃除も日用品の買い出しまで、俺が面倒を見ていたんだ。2人一緒に住んだ方が手間が省けるに決まっている。太宰は住む場所や部屋についてあまり興味がないらしく、選択を俺に委ねてくれた。「中也と一緒なら、何処でもいいよ」なんて歯の浮くような科白を云われたわけだが、不快感どころか顔がカッと赤くなるような感覚に襲われた。きっと彼奴は、俺の反応をわかっていてそんなことを云ったのだと思うが、悔しいことに俺は、その言葉に俺に対しての信頼を感じてしまった。そして嬉しくて嬉しくて、全力で部屋を探した。
 諸々の手続きを済ませ、新居に越してきたのが1ヶ月前。まだ荷物が整理しきれておらず、段ボール箱がまだ部屋の隅に転がっている。部屋は2LDK。マンションだ。風呂とトイレは勿論別で、洗面台もちゃんとある。最寄駅からは徒歩15分程掛かるので少々不便だが、夜になると夜景が綺麗なのだ。ベランダに出て、夜風に当たりながら彼奴と一緒に酒を呑んだらさぞ素敵に違いないと思い、この部屋に決めた。引っ越してきて早々、その願いは叶った。というか、叶えた。荷物が今よりまだ全然片付いていなくて、それでも必死に片付けていたらあっという間に夜になっていた。今日はもう片付けを止めようと提案し、引っ越しの記念にと買っておいた葡萄酒を開けた。早くこの眺めを見て欲しくて、グラスを持ちながら太宰の腕を引っ張ってベランダに出た。彼奴は一瞬目を見開くと、ふわりと微笑んだ。そして、「素敵な眺めだね。ロマンチックで、君らしい」と云ってくれた。気に入ってくれたみたいだ。ぎゅっと後ろから抱き締められて、彼奴のぬくもりが伝わってくる。体温を感じながら、暫くの間星空とキラキラ光る夜景を見つめていた。
 2LDKなので個室が2部屋あるのだが、その割り当ては少しもめた。俺は仕事のこともあるし、その2部屋を各個人の部屋にすればいいと思っていた。俺はアパレル系の仕事で、所謂ショップ店員って奴だ。ショッピングモールの中の店舗の店員だ。故に、帰宅できる時間はバラバラで、閉店の時にシフトが入っていると自然と帰宅時間も遅くなってしまう。
 一方太宰は小説家をしている。そこそこ売れているようで、テレビでドラマ化した作品もある程だ。ジャンルは恋愛小説からミステリ、エッセイまで幅広い。読書は俺も割と好きだから、彼奴の作品は一応全て読んでいる。小説家だから、俺よりも家に居る時間は限りなく多い。アイデアが出ない時は息抜きにカフェで執筆することもあるらしいが、基本的には自宅に籠りっきりである。だからお互いのためにも、個室の方がいいと思ったのだ。太宰は片方を寝室、片方を共用の部屋として使いたいと云った。家に居る時間が長い太宰がこう云うならいいかと思って承諾した。
 男2人が寝ころぶのだから、シングルベッド2台でも良かったのかもしれないが、届いたベッドはダブルだった。太宰は普段から不眠症気味なのだ。故に、寝具には拘りがある。ベッドの選択は、太宰に委ねていた。俺の帰宅が遅い時は、太宰が眠っている時にベッドに入り込むことになる。ただでさえ眠りが浅いというのに大丈夫なんだろうか。心配して聞いてみるも、「心配しなくても大丈夫だから」と云われるだけだった。
 ダブルベッドでの生活は、思った以上に良かった。一緒に床に就く時は、ひんやりしていた布団がじんわりとお互いの体温で温かくなる。ぬくもりを感じながら抱き締めあったり、抱き締めたり、抱き締められたり、手をつないでみたりしながら眠りに落ちるのだ。俺が後から床に入る時は、もう既に太宰の体温で布団の中は温かくて。俺が布団に入ると、彼奴は決まっておかえりと云って俺を抱き締めてくれる。この瞬間がたまらなく好きだ。最初こそ、太宰を起こしてしまう罪悪感でいっぱいだったが、最近はそんなことを思わなくなってしまった。おかげで、閉店の時のシフトに入れてもらう回数が増えた。本当に、心配する必要なかったんだな。

「ちょっとちゅーうーやーぁ、そろそろ起きた方がいいんじゃないの? ねぇ……」
 太宰が俺の身体をゆする。うるせぇ太宰。俺はもう少し、このぬくもりをあじわっていたいんだ……。心の中でそう呟いて、布団をかぶり直す。
「ねぇ、今日仕事じゃなかったの? 違うなら別にいいんだけどさぁ」
 ……ん? 仕事? 今日は土曜日で確か、確か……。あぁ、確か今日は仕事だ。うん。太宰の云う通りだ。
「だざい……、いま、なんじだ……?」
 布団の中に未だ埋もれたまま云う。
「今8時だよ。あと30分で出る時間だよ」
 あー、もうこんな時間かよ。朝食を食べて今日の洋服も選ばなければならない。そろそろ布団から出なくてはならない。頭では分かっている。頭では。
「……でたくない。いやだ」
 布団からひょっこり目を出して云う。
「あれだけ仕事好きだったじゃない。行かないつもり?」
「しごとはいく。……てめぇのせいだ」
 そう、全部、太宰のせい。布団をまたばさりと頭までかぶる。彼奴の残したほんの少しのぬくもりと、日に日に染みついて行った残り香が、俺を離さないのだ。
「なかなか起きれない君には、お仕置きが必要みたいだね」
 太宰がにんまりと笑ったのが気配で分かった。何をされるのだろうと思っていると、重みを感じた。布団ごと抱き締められた。
「は、え? これがお仕置き……なのか?」
 思わず布団から顔を出した。これではまるでご褒美である。
「お、やっと顔を出したね。君、勘違いしてるよ。だって、仕事に行くんだろう?」
「おう。行く」
「私が離さないことには、もう仕事行けないね?」
 にこにことした太宰が云う。
「……。それは」
 困る。確か、今日は新人が来るので遅刻は許されないのだ。先輩としては。
「私は優しいから、君が離して欲しいと云えば離してあげよう」
 薄い布団から伝わってくるぬくもりは、ベッドに残っていた残滓よりもっとあたたかくて、幸せで、俺を一層動けなくした。彼奴は、それを分かってやっている。
 暫く動けずにいたが、だんだん更なる欲求が顔を出していた。布団越しのぬくもりもとても心地よいが、直接触れたい。直接触れて欲しい。
「……だざい、はなしてくれ」
 やっとのことで声を絞り出した。
「やっと云ったね? うん、わかったよ」
 素直に太宰は俺から離れて、ベッドの傍に立った。俺もぬくもりを手放した。そしてそのまま、太宰に抱き着いた。新たなぬくもりを求めて。
「君、ほんとに仕事行く気、あるの?」
 といいつつ太宰はぎゅっと抱き返し、背中を撫でてくれた。待ち望んだ直接の感覚。五感で太宰を感じる。今、俺は、最高に幸せな気分だ。

 また暫くの間、太宰を味わっていたせいでその後、とても急ぐ羽目になった。自業自得だ。同棲を始めてからなんだか俺は、だらしなくなった気がする。全部、太宰のせいだ。

 ――やっと中也を家から送り出した。
太宰はコーヒーを飲みながら一息ついた。中也から同棲の話をもらった時は、それはもう嬉しかった。どの物件にするかは彼に任せた。部屋割りのことは、実は一緒に寝たくて頼んだのだった。寝ている時に彼のぬくもりがあると、妙に安心してしまいよく眠れるのだ。おかげで最近、昼寝の時間が減って仕事が捗るようになった。でも、一方で最近中也は布団から出られないことが多くなった気がする。原因は私。自分でもよく理解している。彼はなかなか素直に好きと云ってくれないが、今日のような言動を見せてくれると自分が愛されているなと自覚できるので満更でもない。可愛いったらありゃしない。私の傍を離れられない中也というのもとても素敵なのだが、中也の仕事をしている姿も好きなので仕事は続けていて欲しい。そもそも付き合うきっかけは、太宰が中也の働いている店に客として行ったことだったのだ。
「だけど今回はちょっと、甘やかしすぎたかな……」
 これだから恋というのは困る。ミルクと砂糖の入ったコーヒーをまた一口啜りながら、太宰は独りごちるのだった。