ちびっこマフィアの密やかなる楽しみ

2018.11.1

 深夜、ヨコハマにあるコンビニに中也は居た。目的はもちろん、コンビニスイーツを買うこと。実は中也は、所謂スイーツ男子である。これでも五大幹部のひとりだ。自分の中の幹部像を壊さない為、または部下の理想を壊さない為に、こんな女々しい嗜好は秘密にしている。
 仕事の都合上、なかなかスイーツを楽しむ暇がないのが悩みだ。仕事終わりにデパートの地下へ寄ることもできない。既に閉店してしまっているからだ。かといって仕事場で昼食と一緒にスイーツを食べるのは、マフィア全体に知れ渡ってしまうのでこれも無理。結局、仕事が終わるまでスイーツはお預けだ。開いている店もコンビニくらいしかない。しかし、最近ではコンビニスイーツが豊富になってきていて、商品の入れ替わりも短いスパンで行われる。デパートやお取り寄せスイーツも気にはなるが、今ではコンビニスイーツを好きになっている。
 これから訪れるであろう至福の時間を想像しながらコンビニに入り、ウキウキしながら品定めをしている所なのだ。今日のターゲットはプリン。近所のコンビニの中でもプリンの種類が豊富な店舗を選んだ。少々遠かったが、プリンのためならばそれくらい構わない。
 プリンが配置されている棚をじっと見詰める。まず目にとまったのは定番中の定番、容器の裏に突起があり、それをプチっと倒すとプリンを皿に出すことが出来る……あのプリンだ。スーパーでは3個セットになっているものを見かけるが、コンビニで売っているのは1個入りで、スーパーよりも大きいサイズだ。容器のまま食べるか皿に出すか分かれる所だが、中也は断然皿に出す派だ。皿に出してこそあのプリンである。突起を倒してプリンが皿に落ちて、容器を取り外す瞬間が堪らない。ぷるるんと震えるプリンは、とても食欲をそそる。コスパも良くて、毎日食べてもきっと飽きない。……語りすぎたか。
 次は焼きプリン。プリンの中では硬い食感だが、このプリンはカラメルが香ばしくて好きだ。他にはノスタルジーな気分にさせてくれる牛乳プリンや生クリームが乗ったプリン、バニラビーンズ入りのプリン、抹茶やチョコレート味のプリンなど、たくさんの種類があった。
 今日はどれにしようか。定番のもいいし、昔ながらの少し硬めのプリンもいいし、変化球チョコレート味もいい。濃厚でとろりとしたのもいい。おっ、ラム酒のソースのもあるのか……。ますます迷ってしまう。棚にあるプリンをひとつひとつ手に取って眺めては戻し、戻しはまた眺めてを繰り返していた。今日は殲滅業務だったから疲れたし、自分へのご褒美に一番高いものを買ってやろうかなァと思いプリンを手に取った時だった。後方からコンビニの自動ドアが開く音がし、人がこちらに向かってくる気配を感じた。この人もプリンを買いに来たのかと思い、「スミマセン」と云って場所を譲った。その拍子にふと顔をあげるとそこには――
「げっ、太宰!!!」
 かつての相棒、太宰が立っていた。
「はぁい、中也。こんな夜中にこんな所までどうしたんだい?」
「て、手前こそどうしたんだよ?」
「私? 私はちょっと小腹が空いてねぇ、社員寮に一番近いこのコンビニに食料を求めて、ね」
「そ、そうかよ」
「それで? 中也はどうしたのさ。君の自宅からは少々遠いようだけれど?」
 よりによって太宰に見つかってしまった。なんということだ! この女々しい嗜好が彼奴に知れてしまったら、きっと脅しのネタにされるに違いない。必死に打開策を考える。あまり考えることに時間は掛けられない。結局口から流れるままに、思いつくままに答えたのだった。
「お……、俺も小腹が空いてな、弁当とか惣菜とか、あと明日のパンとか見に来たんだよ」
「ふーん? 小腹が空いて弁当と惣菜とはなかなか大食いだね、君は。カゴすら持ってないみたいだけど?」
「このくらいっ、手で持って行くっ……!」
「そうなの? うーん、その割には何にも持たずにプリン見てたんだ? しかもプリン握りしめちゃって」
 こ、コイツ、絶対分かってやがる。分かった上で俺の惨めな姿が見たくて、こんな茶番を……。こんの腐れ性根野郎……!
「あァ、そうだよ。俺が見てたのはプリンだ。何か文句でもあるか?」
 逆に開き直った態度をしてやった。しかし、内心は絶望感でいっぱいだった。
「ねぇ、中也ってプリンが好きなの? もしかして、スイーツ好きだったりする?」
「……っ、そうだよ。悪ィかよ……!」
 あぁ、俺の人生、終わった。そう思った。一生、ネタにされるんだなと。
「あのね、中也」
「……なんだよ」

「私もスイーツ、好きなんだ」

 ――――その瞬間、世界が止まったかと思った。

 このまま店内で立ち話し続けるのも迷惑なので、買う物を買って太宰の部屋へ寄った。未だ衝撃が受け止めきれておらず、頭の中は混乱している。どうやら太宰もスイーツ好きらしい。太宰の部屋へ向かう途中で、散々「これは俺をからかうための嘘だろ?」と聞いたが、返ってくる言葉は「嘘じゃないよ。」の一点張りだった。太宰の云うことはどうやら本当らしい。信じられない。密かにこっそりと独りでスイーツを楽しんでいたが実は、スイーツのことを語れる仲間が欲しかった。自分が美味しいと思ったものを、誰か他の人にも教えてあげたかった。相手が相手だが、これは良いチャンスなのかもしれない。中也はごくりと唾を飲み込んだ。
「ねぇ中也、シュークリームはカスタード派か生クリーム派、それとも半分ずつ入ってる派の、どれだい?」
 太宰がコンビニで購入したシュークリームにかぶりつきながら云う。
「……そうだな、俺はカスタード派だな。甘すぎなくていい」
 買ってきたプリンを口に運びながら答える。
「……まぁ、そうだよね、やっぱり私たちの好みは違うよね。私はね、半分ずつ入ってるのがいい」
「両方味わえるから?」
「うん。どっちも捨てがたいからね」
 プリンをもう一口すくい、口に運ぶ。やけに美味しい。確かにコンビニで一番高いプリンを購入したが、美味しく感じるのはそれだけではないように思えた。
「そのプリン、美味しい? 私それ、食べたことないんだよね」
「あァ。美味いぜ」
「ねぇ、ひとくち頂戴?」
「いいぜ」
 太宰に容器とスプーンを渡す。太宰の口に運ばれていくプリンの欠片。咀嚼されていくのをじっと見詰める。やがて、ごくんと飲み込んだのが分かった。ひとくち食べ終え、太宰が容器とスプーンを返してくれる。
「美味しいね、このプリン。私も今度買おうっと。そうだ、中也シュークリームひとくち食べる? あのコンビニのシュークリームはね、生クリームとカスタードの比率がちゃんと半分ずつでね、どっちも食べたい私としては嬉しい限りなのだよ」
太宰にシュークリームを口元に差し出される。容器とスプーンで両手がふさがっていたので有難くそのままシュークリームにかぶりつかせてもらった。甘い生クリームとなめらかなカスタードのハーモニーが口の中で広がる。これは確かに、クセになるかもしれない。

 プリンとシュークリームを食べた後、太宰とスイーツについて語り合った。お互いにオススメのスイーツの店も教え合った。今度行ってみようと思う。教えてもらった店はどれも普段の俺なら選ばない店ばかりだった。彼奴とはやはり合わないらしい。でも、スイーツのことならそれでもいいかと思った。
 折角だから土産にと云われて、太宰オススメのシュークリームをもらった。お返しに、今度はそれより美味いシュークリームを買ってやりたい。明日から店を探さなくては。車を自宅に向けて走らせながら、中也は思うのだった。