言葉を封じるキス

2018.11.11

 ――――最初は、単なる好奇心に過ぎなかった。

 太宰は犬猿の仲である、中也の口をどう塞ぐか考えていた。マフィア内で彼らは、顔を合わせれば言い争いが始まることで知られている。大体いつも太宰が中也をからかい、中也はそれを無視することが出来ずつい勢いのまま言い返す。そしてまた太宰がからかい、流れのまま中也が言い返す。エンドレスだ。ここは実力社会。既にふたりとも才覚を発揮しつつあり、注目されるようになっていた。要するに、口喧嘩を止められる人材がなかなか居ないのだ。ひとたび口喧嘩が始まれば、ふたりの気が済むまで周りの人間は成り行きを見守るしかない。そんな状況を知ってか、森に注意されてしまったのだ。大体からして自分が発端なのを自覚している太宰は、対策を考えざるを得なかった。
 中也をからかうのは本当に飽きないと太宰は思っている。ああ云えばこう云うし、こう云えばああ云う。あれでいて冷静に状況把握出来る頭を持っているくせに、太宰がからかうと何も考えずに突っ込んでくるのだ。そのただ単純な反応が面白くてついからかうのを止めることが出来ない。注意されたからと云っても止めるつもりはなかった。要は五月蝿くならなければいいのだろう。だから、太宰が考えているのは中也の口をどう塞ぐかなのだ。
 まず考えたのは、おしゃぶりを口に突っ込んでみるということ。最初にこんなことを思いつくなんて、中也への嫌がらせに対して本当に堂に入っている。極めつけに「いやぁ、小さすぎて赤ちゃんかと思ったよ」なんて云ってみれば、きっと中也は腹を立てるに違いない。……非常に面白そうではあるが、これでは火に油を注ぐだけで何の解決にもならない。仕方ない、却下するか。
 次に考えたのは、棒付き飴玉を口に突っ込むということ。普通の飴玉と違って棒付きだから、突っ込みやすさで云えばおしゃぶりと大差ないだろう。如何にもゲテモノな味を探して咥えさせて、どういう反応をするか見てみたい。舐め終わるまで顎をロックせねばなるまい。……これはいいかもしれない。
 その次に考えたのはキスすることだ。費用も掛からないし、例えば飴玉を嫌がらせに持っていたりして、変に怪しまれる必要もない。必要なのは自分の身体だけ。中也は色恋に対してあまり経験がなさそうだし、もしファーストキスが自分だとして、それはそれで最高の嫌がらせではないか。中也はどんな反応をするのだろう。この反応が一番面白そうだ、見てみたい。太宰は中也にキスしてみることにした。

 そして翌朝。中也との任務を遂行すべく、太宰は拠点へ向かった。
「あれぇ、中也が居ないなぁ。どこかな~」
 探す素振りをしながら、真正面に中也が居るにも関わらずこんなことを云ってみせた。
「オイ太宰手前、俺のこと見え」
 ツカツカそのまま歩み寄り、喋っている途中に突然、ちゅ、と太宰は中也に口付けた。
「?!」
 顔を離すと、目を白黒させた中也がそこに居た。
「中也、おはよう」
 何事もなかったかのように振る舞う。
「て、てめぇ……こ、これは」
「何って? 挨拶じゃないか。知らないの? 外国ではキスするのが挨拶なところがあるんだよ」
「それは知っ」

 ちゅ

「な、なんでこ」

 ちゅ

 再び中也を見てみると、顔が真っ赤で口をパクパクさせていた。「なぁんだ、すごい可愛い反応するんだ」と太宰は思った。
 任務途中にこんな風になるのは流石に危険だからやめておいたが、いつもより口数は少なかったし喧嘩もいよいよせずに任務を終えた。今は報告書をふたりで書いている最中だ。結果から云えば、成功なのだろう。しかし、太宰の心はどこか晴れなかった。
 3回だけの軽い口付けだったが、その感触が忘れられなくなってしまったのだ。触れた唇は、柔らかくてふかふかしていて、気持ちよかった。もっと中也とキスしたい。この湧き上がる欲望をどうすれば良いのだろう。グミやマシュマロで疑似体験でもすれば良いのだろうか。どうしようか太宰は考えた。しかし、いくら考えても本物がイチバンという結論にしかならなかった。幸いなことに、その本物はすぐ隣に居る。頼んでも了承してくれそうにないし、実力行使とするか。

「中也」
「なんだ……って、へ? 太宰? 今日手前、なんか……おかし」
 中也をじっと威圧を込めて見詰め、肩をソファに押し付けのしかかる。そのまま顔を近付けそっと口付けた。うん、この感触だ。

「中也とキスするの、クセになっちゃった」

「はあぁぁぁぁあああっ?!」

 ――――中也の絶叫が、拠点に響きわたった。