学パロ。太×中♀
「はぁ」
中原中也は、大きな溜息をついた。絶賛片思い中の相手について考えていた。
その片思いの相手――太宰治は、女子生徒に人気がある。背は高いし顔もきれいだ。おまけに成績優秀。絵に描いたようなイケメンというやつである。バレンタインデーには、チョコレートを大量にもらっている。下駄場箱には告白の文章がよく投函されているし、告白されることもしょっちゅうだ。そんな太宰は、告白を受けることもあれば断ることもあったらしい。その基準はよく分からないが、結果としては長く続いていないようだ。断続的に彼女をとっかえひっかえしている。普通ならそんな男、と思うかもしれない。それでもその魅力は絶大である。そんな男と知っていても、こうして告白する女子が後を断たないのだ。
そんな中也は、そもそも1度も太宰に告白したことがない。太宰と中也は、学校では犬猿の仲として知られている。中也からしてみれば、好きだからこそなのだ。気持ちを悟られまいと、つい真逆のことをしてしまう。そして犬猿の仲へ。周りも、中也が太宰に対して好意を持っているとは思わないだろう。そんなこんなで、現状からはとてもこの恋が実ると思えない。
定期的に太宰に告白しようという気持ちが湧いてくる。今日はだから、ラブレターを書いてみようと思ったのだった。告白方法についても悩んだ。まず、直接伝える方法。頭が真っ白になりそうだし、恐らくまた真逆のことを云ってしまうに違いないと思った。次に、メールで伝える方法。中学を卒業する時、どさくさに紛れてアドレスをもらった。今でも大切にその紙を持っているのだ。1度もメールを送ったことはない。アドレスはもしかしたら変わってしまっているのかもしれないし、初めてのメールで告白というのはいけない気がしてやめた。最後に思い浮かんだのが、シンプルにラブレターを書くことである。太宰の下駄箱の場所は知っている。問題は、読まれるかどうかだ。毎日何通ラブレターが入っているか知らないが、太宰の人気は相当なものである。自分のラブレターを読んでもらえる保証は、どこにもない。それでも書こうと思った。何故ならば、卒業を控えているからだ。太宰も中也も3年生。大学は、違う所へ通う予定だ。今を逃してしまったら、太宰に思いを伝えることは出来ない。
そう決心してペンを持った。だのに、言葉が全く浮かんでこない。他の女子たちは、きっと素敵な文章を書いて告白しているに違いない。そう思うと余計に悲しくなった。思いを伝えるのがこんなに大変だとは、思っていなかった。
考え始めて1時間経つ。頭の中に文章が浮かんでは消える。取り繕ったような文には、したくなかった。そう思うとやはり、浮かばない。考えても出てこない。でも、思いは伝えたい。葛藤して、もうこれしかないと思い、ついに書き始めた――――。
朝早く、早速書いたラブレターを太宰の下駄箱へこっそり入れた。返事すらないかもしれないが、思いを吐き出してスッキリしていた。
補習が終わり自主勉強をしたあと、人気のない校舎を出ようとした時だった。そこには太宰の姿があった。
「何の用だよ」
「これ書いたの、君かい?」
そこには、今朝下駄箱に入れたラブレターがあった。
「……何で、分かったんだ?」
中也は結局、ラブレターに差出人を書けなかった。そして、そのまま下駄箱に入れたのだった。
「君の筆跡くらい、覚えているさ。それよりもここに書いてあることは、本当なのかい?」
「……本当、だ。気持ち悪いだろ、早く捨てちまえよ」
この気持ちを否定されるなら、いつも通り嫌がらせにしても良かった。
「捨てないよ」
「今、何て云った?」
耳を疑ったのだ。
「捨てないと云ったんだ。中也、信じられないかもしれないけれど、君のことが、好きなんだ」
「手前こそ、嫌がらせじゃない、んだよな……?」
すると突然、抱き締められた。
「嫌なら振り切ってくれ。今までのことを思うと、どう信じて貰えばいいか分からない。けれども中也のことが、好きなんだ。ずっと好きだった」
「それなら、何で、いつも嫌がらせなんて……?」
中也はいつも、太宰から悪戯をされていたのだった。それが原因で喧嘩になったことも多々ある。
「理由は単純だよ。君にどうしても振り向いて欲しくて。それが行き過ぎてしまって……」
「本当、なんだな?」
「本当に好きなんだ。どうしたら、信じてもらえるんだい?」
「……キス、しろよ」
その声は、震えていた。
「いいとも。目を瞑って……」
震える肩にそっと両手を添えられ、ゆっくり顔が近付いてくる。吐息が顔にかかり、そして、ゆっくり唇同士が触れ合った。キスしたのだ。
「これで、信じてもらえる……?」
「あァ、分かった、よ」
「中也、泣きそうになってる」
「おれは、ずっと、手前のことが、好きだったんだよ。ずっと。何度も告白しようと思った。でも、俺なんかより他の奴がいいかと思って、出来なくて」
「……私はずっと君を待ってたんだよ。他の女の子と付き合ったりしたのは、その子達に君の面影を見たから。でもやっぱり、本当は君がいいんだって、君じゃないといけないんだって気付いたんだ。……さぁ、そろそろ帰ろうか」
と云うと、太宰は手を差し出した。手をつないで帰るということらしい。
「~っ」
中也は赤面した。
「あれ、若しかして恥ずかしいの? さっきキスしたのに」
その一言を聞いて中也は湯気が出そうなくらい、余計に赤面してしまった。
「ほら、早く行くぞ」
太宰の手をサッと取り、ぐいぐい引っ張る。
「了解」
太宰は歩きながら、中也からもらったラブレターを見つめる。そこには
『好きだ』
とだけ書かれていた。
(……なんて直球なんだ。)
今まで、こんなにへたくそなラブレターをもらったことはなかった。それでも、中也らしいと思う。これからどうやって愛してやろう、と考えながら中也の後をついていくのであった。