ここはヨコハマ。時は深夜。一般人はもうぐっすり眠っている頃合だろう。そんな中、今夜も中原中也は任務に励んでいた。彼はポートマフィアの一員である。今回の任務は、マフィアに刃向かうとある組織の殲滅だった。最近になって勢力が拡大してきていたのだ。それで、勢いのまま自分達がポートマフィアに勝てると思ったらしい。なんと昨晩、マフィアに向かって宣戦布告してきたのだ。突然の宣戦布告には驚いたものの、黙っているわけにはいかなくなった。すぐに作戦をたて、今夜はいよいよ反撃というわけだ。組織対組織の争いなので、大人数対大人数だと思われがちだが、それは違う。あちらは大人数かもしれないが(恐らくそうだろうと見ている)、こちらはたった2人で対応する。勝算のない人員配置はしない。つまり、2人で充分と判断されているのだ。中也の相棒の名は太宰治。2人は「双黒」と呼ばれ、裏社会では恐れられた存在なのだ。
そんな2人は、実は付き合っている。犬猿の仲だったはずの2人は、紆余曲折を経て(その過程は割愛させてもらう。本当に色々あったのだ。)恋仲になったのだ。恋仲になってまだひと月。時折周りを巻き込んで喧嘩をしつつも、それはそれは濃い時間を一緒に過ごしている。なんだかんだでやはり、恋人同士なのだ。
中也には最近気掛かりなことがある。任務をする時、必要以上に太宰のことが気になってしまうのだ。任務の時は恋仲であることを忘れようとするのだが、思った以上にそれが難しいのだった。最近それを痛切に思い知っている。一挙手一投足、その動きが気になってしまうのだ。任務において、集中出来ないと云うことはいつ死ぬかわからない可能性を更に高める要因でしかない。自分でもそれはよくわかっているし、付き合う前はそんなことは出来て当たり前だと思っていた。しかし、太宰が醸し出す雰囲気や自分に向けられる視線を感じたくて、つい敵よりも太宰を見てしまう。最近では、半ば本能で敵を倒してきた感じだ。
敵の陣地に派手に降り立つ。今回はシンプルに正面突破だ。実に分かりやすい作戦。鮮やかに敵を薙ぎ倒していく。基本的に、主戦力は中也で太宰は援護にまわる。今回もそうだ。といっても、その出番は少ない。潜入したら最後、中也の圧倒的異能力に敵う相手がなかなかいないのだ。その代わり、潜入前は太宰の綿密な作戦が必要不可欠というわけだ。
「君が舞うように人を殺めていく姿が、とても綺麗なんだ」とある日太宰は云った。それを云われてから、余計に太宰を感じていたくなった。
考えごとをしながら戦闘していたせいか、はたまた簡単な任務だと思って油断したのか、それとも昨日酒を呑みすぎたせいか。その時は一瞬だった。いつもなら簡単にかわせるはずの刃。その切っ先が指を掠めたのだ。チクりと痛む。血がポタりと落ちる。痛みで正気に戻った頃には、敵は既に太宰の援護射撃によって殺されていた。相棒のお出ましだ。
「中也、何やってるの」
「ごめん、油断した。サンキュ」
「君らしくもない。ちゃっちゃとやっちゃってよ」
「おう」
その後は何の問題もなく、敵を殲滅した。後処理は部下に任せ、戦場で一息ついていると太宰が云った。
「今日は怪我したね」
「手前よりマシだろ」
「やっぱり痛い?」
太宰は中也の指を見つめた。
「何だよ、心配してくれてるのか?それこそ手前らしくねェ」
「君はたいそう丈夫だから、痛くなんてないんじゃないかなと思ってね」
「人並みに痛みは感じるっつーの」
「ねぇ」
「なんだよ?」
「中也は、私のものだよね?」
「はぁ?」
「君が傷つくのが、案外嫌だなと思ったんだ。だからこれは、誓いだよ。私のものだっていう」
すると太宰は中也の怪我した方の手を取り、傷口にキスをした。キスすると傷口の血を指に取り、くるりと指の根元に描いた。その指は勿論、左手の薬指だ。そう、丁度傷があるのも左手の薬指だったのだ。中也の左手の薬指にも、傷口に触れながらしっかりと描く。
「内緒のペアリングさ。どうだい、ハニィ?」
「きちんと面倒みろよ、ダァリン」
「勿論面倒はちゃんと見るよ?もう、離しはしないんだから。地獄まで一緒さ」
「そうかよ。仕方ないから地獄まで付き合ってやるよ」
ヨコハマの夜は静かに更けていくのだった。