――――今夜も太宰は、中也に口付けた。
太宰は毎晩嫌がらせと称して、中也の部屋に侵入しているのだった。実際嫌がらせに来ているつもりだ。秘蔵のワインを勝手に開け(空け)たり、冷蔵庫から食糧を拝借したり。それには留まらず風呂を借りる時だってある。最初はそれはそれは大声で最悪だ、死なす、などと云われたものだった。この生活を始めて早1年近く経つ。中也も慣れてきてしまったのか、驚かれることも最近ではなくなっていた。むしろ、最近では着替えや歯ブラシ、日本酒まで用意してあったりする。これでは全然嫌がらせになっていないではないかと思うが、不思議なことにこの生活も悪くないなぁと感じているのだった。
最近の日課と云えば、ぐっすり眠っている中也に口付けること。ある晩、確か酒に酔っていたと思う。ぼんやりした頭で酔いつぶれた中也を見ると、唇が目に入った。何となく、本当に何となく口付けしてみようと思ったのだ。吸い込まれるようにそっと口付けた。中也は起きなかった。次の晩は酒には酔っていなかった。初めて口付けた晩よりよっぽど正気だったはずだが、結局口付けてしまった。中也の寝顔を見ると唇にどうしても惹かれてしまって、目を逸らすことが出来ない。
あれ以来、気が付けば口付けてしまっている。眠っている中也はいつも起きない。それをいいことに、回数も掛ける時間も長さも増えていった。嫌いキライ、と思っていたが、本当は好きなのかもしれない。好きすぎるのかもしれない。
――――今夜も太宰に、口付けられた。
もう何ヶ月になるだろう。毎晩、太宰に口付けられている。ある晩、酒に酔ってそのまま寝てしまった。太宰も酔っぱらうくらいには、呑んでいたと思う。記憶は定かではないが、唇に何か押し当てられる感触がしたのだ。薄目を開けると、目の前には太宰の顔があった。それで漸く口付けられていると理解したのだ。自分にとって発見だったのは、案外嫌じゃなかったこと。何なんだ、この気持ちはと思いながら、その時は酒に酔った所為だと思うことにしたのだった。
しかし、翌晩もその次の晩も口付けは続いた。最近では1度じゃ足りないのか、何回も口付けてくる。それが嫌かと問われれば、実は、嫌じゃないのだ。だからこうして、今夜も眠ったふりをする。今まで散々嫌いキライ嫌い、と思ってきたはずなのに。自分はどうしてしまったのだろうか。太宰のことが、本当は好きなのかもしれない。好きすぎるのかもしれない。
――――だから本当は、好きだらけなのは確信犯、なのだろう。