おみくじ

2022.1.1

「おい、初詣行くぞ。起きろ」
 気持ちよく寝ていたら、中也に起こされてしまった。
「えぇ……早くない? もうちょっとゆっくりしようよ」
 まだ覚醒しきっておらず、今なら二度寝ができる。中也に捲られた布団をかぶり直そうとすると、中也の腕に阻まれた。
「たまには動かないと駄目だろ。昨日はずっとゴロゴロしてたし」
「この筋肉ゴリラ。ちょっとくらい動かなくても大丈夫だよ。君はちょっとくらい休んだ方がいい」
「じゃあ、夜の蟹鍋やらねぇぞ」
 あ、なにそれ狡い。中也が作る料理は、認めたくないけれどもとても美味しい。その美味しさに加えて好物の蟹も加わるのだ。これが食べられなくなるのは不本意である。
「……分かったよ」
 腕を差し出すと、中也が引っ張って起こしてくれた。私はそのまま中也を抱きしめる。「おはよう」と声を掛けると背中に中也の腕が回り、ポンポンと軽く叩かれた。
「おはよ」
「なんだ、中也はもう準備万端なの」
 中也は既に部屋着から普段着に着替えていた。
「まァな。雑煮、出来てるから食ってけ」

* * *

 雑煮を食べた後、身支度をして早速神社に向かった。歩いて10分ほどの場所にある、地元の神社だ。お参りをした後、今年もおみくじを引くことにした。中也は毎年これが楽しみらしい。以前引かずに帰ろうとしたら、中也が「引こう」と云ってきたのだ。それ以来、忘れずおみくじを引いている。
「今年はどうだろうね」
「……今年こそ大吉がいい」
 付き合い始める前は、大吉だの凶だの、お互い引いた結果で競い合っていたっけ。今でも中也より悪い結果だと悔しいけれども、それより、何事もなくまた一年過ごしたい気持ちが強い。
 巫女さんに代金を2人分渡し、各々くじの番号が入っている容器を振った。出てきた番号を巫女さんに伝え、紙を貰う。少し離れた所でまずは自分のくじを確認した。ふむ、今年は凶か。もしかしたらぽっくり、あの世に逝けるかもしれない。ちらっと中也を見ると、嬉しそうな顔をしていた。もしかしたら大吉を引いたのかもしれない。
「中也、どうだった?」
「大吉だった。太宰は?」
 念願だった大吉を引いて嬉しいのだろう。中也は満面の笑みだ。今日の中也もかわいいなァ。
「私はねぇ……」
 私は中也におみくじを見せた。すると、中也の笑顔は途端に曇ってしまった。先程と一転、中也はしょんぼりしている。
「太宰……」
「いいじゃない。こんなの初めてでしょ? 中也が大吉だったんだよ? 喜びなよ。私より良かったんだし」
 そんなにしょげなくてもいいじゃないか。
「俺のと、交換する」
「交換?」
「なんか全然、嬉しくねェんだよ。それと手前、『ポックリ死ねる』とか思ってそうだし。……死ぬなよ」
 最後はぼそっと小さな声で中也は云った。前は「死なす!」とか云われてたのにな。今は死んで欲しくないらしい。愛されてるんだろうなぁ。
「分かった。中也が大吉のくじをくれるって云うのならもらうよ。でも、ひいたのは中也だ。私は預かるだけ」
「なんでだ」
「大吉のくじは持ち帰った方がいいらしいよ。凶のくじは木に結んで持ち帰らない。こうすれば何となく……悪くはならない気がするじゃない」
 中也はまだ不服そうだ。
「だったら中也が私のことちゃんと見ててよ。これから1年、私だけを見て?」
「当たり前だろ! 1年どころか、ずっと隣に居て、手前のこと見てやるよ!」
 寒さだけではないだろう。中也は顔を真っ赤にして云ってきた。うふふ、この姿もかわいい。誰にも見られたくない。
「わぁ、中也ったら大胆」
「俺は、本気だからな」
「私だって本気だよ」
 そう云って私は即座に中也の両頬に手を添え、冷えた唇に熱を移した。
「な……っ」
 人気はあまりないとはいえ、公衆の面前でキスされたことに中也は驚いたようだ。これでも色々我慢してるんだよ? 中也は何も分かってない。
「中也、私の愛の重さ、分かってないでしょう? 帰ったら、ゆっくり教えてあげる」
 私の熱で温くなった中也の唇を、親指でそっとなぞる。中也は熱に浮かされたのか、ぼぅっと私を見つめている。
「木にくじ結んで、帰ろっか」
 中也の手を引いて歩き出す。凶のくじを木に結ぶと、中也が大吉のくじを渡してきた。
「ありがとう。失くさないようにする」
 ぱっと恋愛の欄を見ると、そこには――
 ――恋人の愛を知ることになるでしょう
 
「成程ね。期待しててよ」
「上等、だ」
 互いに離すまいとしっかり手をつないで、帰路についた。